犬娘「魔王になるっ!」
Part1
1 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/08/06(水) 01:44:18.64 ID:aCpzcjHAO
オリジナルファンタジー
地の文多め、長め、更新遅め
グロ、微レズ有り
関連
犬「オリハルコンの牙」
女剣士「目指せ!城塞都市!」魔法使い「はじまりのはじまり」
前作(非関連)
料理人と薬学士
久しぶりに書いてみようと思います
よろしくお願いします
2 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/08/06(水) 01:47:47.27 ID:aCpzcjHAO
第一章「犬娘、出会う」
かつて魔物により滅びたはじまりの国と呼ばれた国は、長き時間を経て蘇り、今はサイセイの国と呼ばれている
そのサイセイの国から南西の沖合に、三つの国が支配する菱形のとても大きな島、カイオウ島がある
今、その島の北に、新しい国を作ろうとして鍬を振るう少女の姿があった
その少女は茶色のサラサラショートに子供と見紛うほどの小柄で、どこかの国のお姫様と言ってもいいくらいの可愛らしさだ
ただ少し、その少女の普通と違う点を上げるならば、頭から小さな三角の犬の耳が、お尻からふわふわな犬の尻尾が生えている所だろうか
犬娘「よいしょおっ!」
魔物兎「きゅっ、きゅ〜!」
犬娘「よいっしょ!」
犬娘「ふい〜」
魔物兎「きゅい〜」
一仕事終えた犬娘にメイドの娘から声がかかる
そのメイドの娘も犬娘とほぼ変わらないくらいの身長でほわほわ金の髪が柔らかに太陽を反射している
少し目つきが悪い以外にその娘が普通と違う点を上げるならば、自分の背丈ほどもあろうかと言う仕込み杖を携えている所だ
メイド剣士「魔王様、少しお休みください」
3 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/08/06(水) 01:50:45.51 ID:aCpzcjHAO
もしそこに事情を知らない者がいれば、慄然としたかも知れない
メイドの娘は確かにその犬の娘を、魔王様、と呼んだのだ
犬娘「冷たいお茶飲みたい〜」
メイド剣士「……用意してます」
犬娘の不意の要求にも、メイドの娘は完璧に応える
そうでなくてはいけないと考えている
ふと、メイドの娘は犬娘の腕に目をやる
主人の体に傷があるのを見つける度にメイド娘の小さな胸が痛む
自分は彼女を守ることをヤマナミ王直々に任命されたのだ
それなのに彼女は私を庇い、生傷を増やす
…………
ーーヤマナミの国ーー
ヤマナミ王家は二百年前の先祖からの同盟関係である魔王軍との関係を更に深め、今やその国には多くの亜人や魔人が住み着いている
犬の娘がその国に現れたのは、勇者の国オリファンの、春の月の勇者祭りが終わった頃であろうか
国王は誰にでも平等に接するため、週に一度、町民や冒険者の接見を許していた
犬娘もその接見を求める群集の中の、一人であった
汚らしい貧民の男や暗殺者のような男、屈強なオーガや竜人に紛れ、一際小さな犬娘は列の先頭を覗き込むように眺めていた
果たして今日中に接見出来るのであろうか?
4 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/08/06(水) 01:54:09.05 ID:aCpzcjHAO
漸く城に着くと、幾つかの部屋に分かれて事前の審査が行われていた
犬娘は自分と同じくらい小さなメイドの娘にその一室へと案内された
メイド剣士「こちらの部屋へどうぞ」
…………
メイド剣士「では、面接をお願い致します」
犬娘の面接を担当するのは幸運にも、代々王家の親族が担当しているメイドの長であった
メイド長「はいは〜い、おお、可愛い!」
ジュルリと涎を啜るメイドの長
メイドたちの容姿を見た時にだいたい想像はついていたが、そういう趣味の人のようだ
メイド長「んで、王様に会って何を聞きたいのかな?」
急にきりっとしたメイド長の質問に、犬娘は緊張でドキドキしながら答える
犬娘「は、はい」
犬娘「代々ヤマナミに保管されているという、闇の衣が欲しいのです」
メイド長「……」
メイド長「はあっ?」
メイド剣士「……何を……バカな!」
犬娘は突然叫んだメイド剣士の声に、ビクッと竦み上がる
闇の衣は伝説では、最後の破壊神を封印したアイテムであり、真の魔王とも呼ばれるコトー王から八代ほど前のヤマナミ王が譲り受けた品でもある
言わば魔族と人類の恒久的な同盟証とも言える品なのだ
5 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/08/06(水) 01:57:15.93 ID:aCpzcjHAO
メイド長「なんであんなもん欲しいの?」
メイド剣士「あんなもんって何ですか!」
メイド長「だってつまんない石っころだよ、あれ」
犬娘「だ、駄目でしょうか?」
メイド剣士「駄目に決まっています……お帰りください」
メイド長「……なんで剣士ちゃんが仕切ってんのかな〜、いいよ、王様に会わせてあげる」
犬娘「えっ!」
メイド剣士「はあっ?」
メイド長「暇だから面白いの連れてこいって言われてるしね〜」
メイド剣士「暇だから……暇だから……」
何やらメイド剣士はショックを受けている
メイド長「じゃ、行こうか、抱っこしてあげる」
メイド剣士「あなたがしたいだけでしょう」
メイド長「当然!」
犬娘「はわっ」
メイド長は犬娘を抱きかかえると、王の間まで走り出した
衛兵「城内で走らないでくださ〜い」
メイド長「すみません」
明らかに格下の衛兵に叱られて、メイド長はしょんぼりした
長身のメイド長に抱えられると犬娘は少し大きなぬいぐるみのように見える
謁見の間に入ってきたメイド長が抱える者に、ヤマナミ当代君主、ヤマナミ十六世は一瞬気付かなかった
6 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/08/06(水) 02:00:00.04 ID:aCpzcjHAO
ヤマナミ王「おはよーメイド長のお姉ちゃん」
ヤマナミ十六世は若くして王位を継いだため、未だ十代である
父の十五世は息子が天才であることを知ると、遊ぶためにあっさり引退したらしい
メイド剣士「もう嫌だこんな王家」
メイド剣士が悪い目つきを一層つり上がらせて震えている
犬娘(可愛いなあこのメイドの娘)
犬娘がちらりとメイド剣士を見た所で、ヤマナミ王は気付いた
ヤマナミ王「わあ、獣人の女の子なんだ、お人形かと思った!」
メイド長「お待ちかねの面白い子だよ〜」
メイド長は極めて適当に犬娘を紹介する
ヤマナミ王「なんのご用?」
改めてヤマナミ王に見据えられ、犬娘は緊張した
犬娘「あの……闇の衣が欲しいです」
ヤマナミ王「うん、駄目だね」
メイド長の対応で断られるとは思っていたが、推測していたよりずっとあっさりすっきりさっぱりずっぱり断られた
犬娘「あうぅ……」
ヤマナミ王「なんであんな石っころ欲しいの?」
メイド剣士(伝説のアイテムを石っころ石っころって……)
メイド剣士が隣で血管をぴくぴくさせている
犬娘は一層怖くなってきた
犬娘「ま……魔王になりたいんです」
7 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/08/06(水) 02:02:15.60 ID:aCpzcjHAO
メイド長「犬娘……面白い娘!」
メイド剣士「面白くありません……!」
メイド長の軽さにメイド剣士はほとほと愛想が尽きたかのように呟く
ヤマナミ王「まあ、うちは魔物には寛容なんだけどさあ」
ヤマナミ王「流石に魔王になりたいから支援よろしくって言われると、ねえ」
犬娘「悪い魔王は目指しません!」
ヤマナミ王「うん、悪い子には見えないよ」
ヤマナミ王「でも知ってると思うけど、闇の衣って最強クラスの結界の一つだからさあ」
ヤマナミ王「コトーの魔王と同盟してる国がハイそうですか、って渡せないよね?」
犬娘「コトーの魔王様に了承を取ればいいですか?」
ヤマナミ王「て、言うかさ、魔王になるだけならあんなのいらないでしょ、今日から魔王ですって宣言したらいい」
ヤマナミ王「お手軽になんでももらっちゃおうとかさ、最近の若い子は……」
メイド長「王ちゃんもお子様だけどねえ」
ヤマナミ王「うっさい」
見た目完全にお子様なヤマナミ王にも王としてプライドがあるようだ
ヤマナミ王「で、なんで魔王になりたいのかなあ?」
犬娘「はい」
それから犬娘は語り始めた
8 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/08/06(水) 02:07:26.73 ID:aCpzcjHAO
…………
犬娘が生まれたのはかつて魔王に滅ぼされた国、サイセイの国の、南の外れの森である
サイセイの国はその国が一度魔物に滅ぼされた経緯があるために、魔物に対していい感情を持ち合わせていない
そのためサイセイでは、平和な時代である現代にあっても魔物たちと人間の小競り合いが続いていた
そんな国で魔物たちは森の中に小さくいくつかの村を作り暮らしている
ある日、犬娘は傷付いた小さなうさぎの魔物を見つけ、村に連れ帰った
犬娘の両親は人間に痛めつけられたであろう小さなうさぎを哀れに思い、共に暮らすことを許してくれた
犬娘「……良かった」
魔物兎「きゅー、きゅー!」
犬娘の父親は獣人、母親は人間である
犬娘はもちろん人間が嫌いでは無かった
しかし、魔物嫌いの人間が度々魔物の土地を脅かしてくることに不安は抱いていた
そんなある日、犬娘の村に勇者を名乗る人間が現れた
勇者「薄ぎたねえ魔物ども……覚悟しやがれ!」
魔物の村は騒然となった
自ら勇者を名乗るだけあってその悪漢は素早く、強く、大人の獣人や巨人が取り押さえようとするも、捕らえる事ができない
あっと言う間に斬り伏せられる大人たちを、犬娘は呆然と見ていた
9 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/08/06(水) 02:11:14.54 ID:aCpzcjHAO
…………
メイド剣士「……酷い……」
メイド長「勇者か、サイセイの奴だね」
ヤマナミ王「サイセイでは未だに時代錯誤の勇者選びをやってるんだよね〜」
ヤマナミ王「まあコトーの魔王様はじめ魔王を名乗る人はたいてい滅茶苦茶強いから返り討ちだけどね?」
メイド長「ヤマナミでも何代か前に軍隊派遣して勇者の軍隊を潰したことあったっけ」
ヤマナミ王「魔物との不戦協定は継続してるのに魔物にちょっかいだして殺されて……挙げ句の逆恨み勇者なんか人間は望んでないからねえ」
犬娘「皆がそうなら良いのですが……」
…………
勇者を名乗る人間は村の大男たちをほとんど斬り伏せてしまった
犬娘は
勇者に向かって走った
油断していた勇者の顔に、犬娘の強靭な脚から繰り出される蹴りが直撃した
勇者「ぐああっ!」
犬娘「なぜ!」
犬娘「なぜみんなを殺したの?!」
犬娘は大きな目に一杯の涙を溜めて勇者を睨みつけた
勇者「くそっ、クソ魔物があっ!」
犬娘「あなたの方がクソ魔物です!」
犬娘「みんな……みんな平和に暮らしていたのに!」
話を聞かず、勇者は犬娘に斬りかかる
が、犬娘の反射神経は勇者を上回った
10 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/08/06(水) 02:18:53.56 ID:aCpzcjHAO
犬娘は子供の頃に聞いたお話を思い出していた
最後の魔王を倒した犬の勇者のお話だ
そのお話を聞く度に犬娘は自分の耳と尻尾を誇らしく思ったものだ
だから野山を駆け回り、生まれ持った獣人の肉体を鍛えに鍛えた
結果、その体は大人の魔物と変わらないほど強くなっていた
それが良くなかった
勇者は怒りに燃え、犬娘の話に耳を傾けようとしない
勇者「死ねっ!」
犬娘は善戦するも、剣との戦いに慣れていない事もあり、どんどん押されていく
犬娘「ひっ!」
体力が限界に近付くが、ずっと戦い続けている勇者も疲れ切っている
犬娘「なぜ話を聞いてくれないの!」
勇者「魔物が救いを求める人間を助けたことがあるのか!」
犬娘「あるよ!」
犬娘「私のお母さん人間だもん!」
勇者「!」
一瞬勇者の動きが止まった
剣を奪おう
犬娘は勇者の腕に噛み付いた
勇者「くそっがあっ!」
振り切られた
地面に叩き付けられる犬娘
勇者は犬娘にとどめを刺すために剣を振り上げた
そこに覆い被さる影
目の前に飛び散る鮮血……
母親「犬娘ちゃん……逃げ……て……」
勇者「!!」
勇者「うわああああああっ!」
11 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/08/06(水) 02:25:56.46 ID:aCpzcjHAO
人間を斬った
その事実に勇者は激しく動揺した
父親「逃げろ、娘よ!」
犬娘「お父さん!」
犬娘は父親の獣人の背に隠れた
父親「外道があ、同族をも手にかけるかあっ!」
犬娘「お父さん!」
父親「早く逃げろ!」
父親「お母さんの死を無駄にするな!」
犬娘「!!」
父親の言葉に、犬娘は母親の哀れな姿を見てしまう
犬娘「う、うわあっ!」
勇者「……違う……違うっ、違う!」
勇者「俺は……!」
犬娘の父親は勇者をその豪腕で殴りつけた
父親「俺の妻を……返せ!」
勇者「……くっ……魔物が、魔物が、魔物が……貴様等がいなけりゃ……」
勇者「死ねえっ!」
父親「貴様だあっ!」
父と勇者が激しく戦う中、犬娘は恐れをなし、逃げることしか出来なかった
その後……数日森をさまよったのち村に帰った娘の前には、哀れな姿になった両親の亡骸があった
魔物兎「きゅーっ」
犬娘「うさちゃん!」
打ち拉がれ、泣きつつも、犬娘は両親や村の大人たちの亡骸を数日かけて一人で埋葬すると、魔物兎を近くの村に預けて旅に出た
12 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/08/06(水) 02:32:00.47 ID:aCpzcjHAO
…………
ヤマナミ王「なるほど、よくわかったよ」
ヤマナミ王「……それで、犬娘ちゃんは勇者に復讐したいのかい?」
犬娘は首を横にふる
犬娘「私は復讐なんか望みません、クソ魔物じゃないですから」
メイド長「あははっ」
犬娘「でも……、故郷の魔物たちを守りたいんです」
ヤマナミ王「だから魔王、かあ…… でも流石に闇の衣はあげられないなあ」
ヤマナミ王「……ふむ…… お姉ちゃん、メイド剣士ちゃんは腕が立つんだよね?」
メイド長「うちのメイド隊じゃウチを抜かしたら一番腕が立つよ」
ヤマナミ王「では、彼女を護衛につけよう、コトーに行きなさい」
犬娘「えっ、コトーの……魔王様のところですか?」
メイド剣士「私がですか?」
ヤマナミ王「うん、守ったげて」
メイド剣士「それは私もこの娘を哀れと思いますし王様やメイド長様をクソ王族と蔑んだ目で見ておりますが」
メイド長「おおいっ」
メイド剣士「……王の厳命とあらば」
ヤマナミ王「うん、クソ王の厳命」
メイド剣士「仕方ないですね、クソでも我が王だし」
ヤマナミ王「今日から犬娘ちゃんが君の王様だよ」
メイド剣士「はあ…… 分かりました」
13 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/08/06(水) 02:41:47.12 ID:aCpzcjHAO
メイド長「王様ちゃん腹据わってんな、ショタのくせに」
ヤマナミ王「うちの王家は代々こんな見た目なんだよ!」
メイド剣士「何やら喧嘩していますが、ほっといて行きましょう」
メイド長「がーん!」
メイド剣士「私の魔王様、今後ともよろしくお願い致します」
犬娘「はっ、はうっ!」
犬娘はぼんやり見ていたら急に振られたので焦ってしまう
犬娘「わうっ、よろしくお願いしますっ」
ぴしっと敬礼して尻尾を振った
それがメイド剣士と犬魔王の、出会い
…………
メイド剣士はまずコトーへの航路があるオリファン東の港町を目指すことにした
その前に狼主の住む西の森に立ち寄り、オリファンで一泊することにした
ーー西の森ーー
西の森は何百年も女神の聖獣、狼主が住み着く森である
聖獣は太古より中立であり、魔王を目指す犬娘にも何かしらアドバイスをくれる可能性がある
ある程度の力のある者で無ければ出会えないとされているが、メイド剣士は腕に多少の覚えがあった
西の森には小さな舞台があり、そこでは麓の村やオリファンから集まった観衆が騒いでいた
村人「やっちまえー!」
獣人「殺されろーっ!」
オリジナルファンタジー
地の文多め、長め、更新遅め
グロ、微レズ有り
関連
犬「オリハルコンの牙」
女剣士「目指せ!城塞都市!」魔法使い「はじまりのはじまり」
前作(非関連)
料理人と薬学士
久しぶりに書いてみようと思います
よろしくお願いします
2 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/08/06(水) 01:47:47.27 ID:aCpzcjHAO
第一章「犬娘、出会う」
かつて魔物により滅びたはじまりの国と呼ばれた国は、長き時間を経て蘇り、今はサイセイの国と呼ばれている
そのサイセイの国から南西の沖合に、三つの国が支配する菱形のとても大きな島、カイオウ島がある
今、その島の北に、新しい国を作ろうとして鍬を振るう少女の姿があった
その少女は茶色のサラサラショートに子供と見紛うほどの小柄で、どこかの国のお姫様と言ってもいいくらいの可愛らしさだ
ただ少し、その少女の普通と違う点を上げるならば、頭から小さな三角の犬の耳が、お尻からふわふわな犬の尻尾が生えている所だろうか
犬娘「よいしょおっ!」
魔物兎「きゅっ、きゅ〜!」
犬娘「よいっしょ!」
犬娘「ふい〜」
魔物兎「きゅい〜」
一仕事終えた犬娘にメイドの娘から声がかかる
そのメイドの娘も犬娘とほぼ変わらないくらいの身長でほわほわ金の髪が柔らかに太陽を反射している
少し目つきが悪い以外にその娘が普通と違う点を上げるならば、自分の背丈ほどもあろうかと言う仕込み杖を携えている所だ
メイド剣士「魔王様、少しお休みください」
3 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/08/06(水) 01:50:45.51 ID:aCpzcjHAO
もしそこに事情を知らない者がいれば、慄然としたかも知れない
メイドの娘は確かにその犬の娘を、魔王様、と呼んだのだ
犬娘「冷たいお茶飲みたい〜」
メイド剣士「……用意してます」
犬娘の不意の要求にも、メイドの娘は完璧に応える
そうでなくてはいけないと考えている
ふと、メイドの娘は犬娘の腕に目をやる
主人の体に傷があるのを見つける度にメイド娘の小さな胸が痛む
自分は彼女を守ることをヤマナミ王直々に任命されたのだ
それなのに彼女は私を庇い、生傷を増やす
…………
ーーヤマナミの国ーー
ヤマナミ王家は二百年前の先祖からの同盟関係である魔王軍との関係を更に深め、今やその国には多くの亜人や魔人が住み着いている
犬の娘がその国に現れたのは、勇者の国オリファンの、春の月の勇者祭りが終わった頃であろうか
国王は誰にでも平等に接するため、週に一度、町民や冒険者の接見を許していた
犬娘もその接見を求める群集の中の、一人であった
汚らしい貧民の男や暗殺者のような男、屈強なオーガや竜人に紛れ、一際小さな犬娘は列の先頭を覗き込むように眺めていた
果たして今日中に接見出来るのであろうか?
4 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/08/06(水) 01:54:09.05 ID:aCpzcjHAO
漸く城に着くと、幾つかの部屋に分かれて事前の審査が行われていた
犬娘は自分と同じくらい小さなメイドの娘にその一室へと案内された
メイド剣士「こちらの部屋へどうぞ」
…………
メイド剣士「では、面接をお願い致します」
犬娘の面接を担当するのは幸運にも、代々王家の親族が担当しているメイドの長であった
メイド長「はいは〜い、おお、可愛い!」
ジュルリと涎を啜るメイドの長
メイドたちの容姿を見た時にだいたい想像はついていたが、そういう趣味の人のようだ
メイド長「んで、王様に会って何を聞きたいのかな?」
急にきりっとしたメイド長の質問に、犬娘は緊張でドキドキしながら答える
犬娘「は、はい」
犬娘「代々ヤマナミに保管されているという、闇の衣が欲しいのです」
メイド長「……」
メイド長「はあっ?」
メイド剣士「……何を……バカな!」
犬娘は突然叫んだメイド剣士の声に、ビクッと竦み上がる
闇の衣は伝説では、最後の破壊神を封印したアイテムであり、真の魔王とも呼ばれるコトー王から八代ほど前のヤマナミ王が譲り受けた品でもある
言わば魔族と人類の恒久的な同盟証とも言える品なのだ
5 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/08/06(水) 01:57:15.93 ID:aCpzcjHAO
メイド長「なんであんなもん欲しいの?」
メイド剣士「あんなもんって何ですか!」
メイド長「だってつまんない石っころだよ、あれ」
犬娘「だ、駄目でしょうか?」
メイド剣士「駄目に決まっています……お帰りください」
メイド長「……なんで剣士ちゃんが仕切ってんのかな〜、いいよ、王様に会わせてあげる」
犬娘「えっ!」
メイド剣士「はあっ?」
メイド長「暇だから面白いの連れてこいって言われてるしね〜」
メイド剣士「暇だから……暇だから……」
何やらメイド剣士はショックを受けている
メイド長「じゃ、行こうか、抱っこしてあげる」
メイド剣士「あなたがしたいだけでしょう」
メイド長「当然!」
犬娘「はわっ」
メイド長は犬娘を抱きかかえると、王の間まで走り出した
衛兵「城内で走らないでくださ〜い」
メイド長「すみません」
明らかに格下の衛兵に叱られて、メイド長はしょんぼりした
長身のメイド長に抱えられると犬娘は少し大きなぬいぐるみのように見える
謁見の間に入ってきたメイド長が抱える者に、ヤマナミ当代君主、ヤマナミ十六世は一瞬気付かなかった
ヤマナミ王「おはよーメイド長のお姉ちゃん」
ヤマナミ十六世は若くして王位を継いだため、未だ十代である
父の十五世は息子が天才であることを知ると、遊ぶためにあっさり引退したらしい
メイド剣士「もう嫌だこんな王家」
メイド剣士が悪い目つきを一層つり上がらせて震えている
犬娘(可愛いなあこのメイドの娘)
犬娘がちらりとメイド剣士を見た所で、ヤマナミ王は気付いた
ヤマナミ王「わあ、獣人の女の子なんだ、お人形かと思った!」
メイド長「お待ちかねの面白い子だよ〜」
メイド長は極めて適当に犬娘を紹介する
ヤマナミ王「なんのご用?」
改めてヤマナミ王に見据えられ、犬娘は緊張した
犬娘「あの……闇の衣が欲しいです」
ヤマナミ王「うん、駄目だね」
メイド長の対応で断られるとは思っていたが、推測していたよりずっとあっさりすっきりさっぱりずっぱり断られた
犬娘「あうぅ……」
ヤマナミ王「なんであんな石っころ欲しいの?」
メイド剣士(伝説のアイテムを石っころ石っころって……)
メイド剣士が隣で血管をぴくぴくさせている
犬娘は一層怖くなってきた
犬娘「ま……魔王になりたいんです」
7 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/08/06(水) 02:02:15.60 ID:aCpzcjHAO
メイド長「犬娘……面白い娘!」
メイド剣士「面白くありません……!」
メイド長の軽さにメイド剣士はほとほと愛想が尽きたかのように呟く
ヤマナミ王「まあ、うちは魔物には寛容なんだけどさあ」
ヤマナミ王「流石に魔王になりたいから支援よろしくって言われると、ねえ」
犬娘「悪い魔王は目指しません!」
ヤマナミ王「うん、悪い子には見えないよ」
ヤマナミ王「でも知ってると思うけど、闇の衣って最強クラスの結界の一つだからさあ」
ヤマナミ王「コトーの魔王と同盟してる国がハイそうですか、って渡せないよね?」
犬娘「コトーの魔王様に了承を取ればいいですか?」
ヤマナミ王「て、言うかさ、魔王になるだけならあんなのいらないでしょ、今日から魔王ですって宣言したらいい」
ヤマナミ王「お手軽になんでももらっちゃおうとかさ、最近の若い子は……」
メイド長「王ちゃんもお子様だけどねえ」
ヤマナミ王「うっさい」
見た目完全にお子様なヤマナミ王にも王としてプライドがあるようだ
ヤマナミ王「で、なんで魔王になりたいのかなあ?」
犬娘「はい」
それから犬娘は語り始めた
8 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/08/06(水) 02:07:26.73 ID:aCpzcjHAO
…………
犬娘が生まれたのはかつて魔王に滅ぼされた国、サイセイの国の、南の外れの森である
サイセイの国はその国が一度魔物に滅ぼされた経緯があるために、魔物に対していい感情を持ち合わせていない
そのためサイセイでは、平和な時代である現代にあっても魔物たちと人間の小競り合いが続いていた
そんな国で魔物たちは森の中に小さくいくつかの村を作り暮らしている
ある日、犬娘は傷付いた小さなうさぎの魔物を見つけ、村に連れ帰った
犬娘の両親は人間に痛めつけられたであろう小さなうさぎを哀れに思い、共に暮らすことを許してくれた
犬娘「……良かった」
魔物兎「きゅー、きゅー!」
犬娘の父親は獣人、母親は人間である
犬娘はもちろん人間が嫌いでは無かった
しかし、魔物嫌いの人間が度々魔物の土地を脅かしてくることに不安は抱いていた
そんなある日、犬娘の村に勇者を名乗る人間が現れた
勇者「薄ぎたねえ魔物ども……覚悟しやがれ!」
魔物の村は騒然となった
自ら勇者を名乗るだけあってその悪漢は素早く、強く、大人の獣人や巨人が取り押さえようとするも、捕らえる事ができない
あっと言う間に斬り伏せられる大人たちを、犬娘は呆然と見ていた
9 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/08/06(水) 02:11:14.54 ID:aCpzcjHAO
…………
メイド剣士「……酷い……」
メイド長「勇者か、サイセイの奴だね」
ヤマナミ王「サイセイでは未だに時代錯誤の勇者選びをやってるんだよね〜」
ヤマナミ王「まあコトーの魔王様はじめ魔王を名乗る人はたいてい滅茶苦茶強いから返り討ちだけどね?」
メイド長「ヤマナミでも何代か前に軍隊派遣して勇者の軍隊を潰したことあったっけ」
ヤマナミ王「魔物との不戦協定は継続してるのに魔物にちょっかいだして殺されて……挙げ句の逆恨み勇者なんか人間は望んでないからねえ」
犬娘「皆がそうなら良いのですが……」
…………
勇者を名乗る人間は村の大男たちをほとんど斬り伏せてしまった
犬娘は
勇者に向かって走った
油断していた勇者の顔に、犬娘の強靭な脚から繰り出される蹴りが直撃した
勇者「ぐああっ!」
犬娘「なぜ!」
犬娘「なぜみんなを殺したの?!」
犬娘は大きな目に一杯の涙を溜めて勇者を睨みつけた
勇者「くそっ、クソ魔物があっ!」
犬娘「あなたの方がクソ魔物です!」
犬娘「みんな……みんな平和に暮らしていたのに!」
話を聞かず、勇者は犬娘に斬りかかる
が、犬娘の反射神経は勇者を上回った
10 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/08/06(水) 02:18:53.56 ID:aCpzcjHAO
犬娘は子供の頃に聞いたお話を思い出していた
最後の魔王を倒した犬の勇者のお話だ
そのお話を聞く度に犬娘は自分の耳と尻尾を誇らしく思ったものだ
だから野山を駆け回り、生まれ持った獣人の肉体を鍛えに鍛えた
結果、その体は大人の魔物と変わらないほど強くなっていた
それが良くなかった
勇者は怒りに燃え、犬娘の話に耳を傾けようとしない
勇者「死ねっ!」
犬娘は善戦するも、剣との戦いに慣れていない事もあり、どんどん押されていく
犬娘「ひっ!」
体力が限界に近付くが、ずっと戦い続けている勇者も疲れ切っている
犬娘「なぜ話を聞いてくれないの!」
勇者「魔物が救いを求める人間を助けたことがあるのか!」
犬娘「あるよ!」
犬娘「私のお母さん人間だもん!」
勇者「!」
一瞬勇者の動きが止まった
剣を奪おう
犬娘は勇者の腕に噛み付いた
勇者「くそっがあっ!」
振り切られた
地面に叩き付けられる犬娘
勇者は犬娘にとどめを刺すために剣を振り上げた
そこに覆い被さる影
目の前に飛び散る鮮血……
母親「犬娘ちゃん……逃げ……て……」
勇者「!!」
勇者「うわああああああっ!」
11 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/08/06(水) 02:25:56.46 ID:aCpzcjHAO
人間を斬った
その事実に勇者は激しく動揺した
父親「逃げろ、娘よ!」
犬娘「お父さん!」
犬娘は父親の獣人の背に隠れた
父親「外道があ、同族をも手にかけるかあっ!」
犬娘「お父さん!」
父親「早く逃げろ!」
父親「お母さんの死を無駄にするな!」
犬娘「!!」
父親の言葉に、犬娘は母親の哀れな姿を見てしまう
犬娘「う、うわあっ!」
勇者「……違う……違うっ、違う!」
勇者「俺は……!」
犬娘の父親は勇者をその豪腕で殴りつけた
父親「俺の妻を……返せ!」
勇者「……くっ……魔物が、魔物が、魔物が……貴様等がいなけりゃ……」
勇者「死ねえっ!」
父親「貴様だあっ!」
父と勇者が激しく戦う中、犬娘は恐れをなし、逃げることしか出来なかった
その後……数日森をさまよったのち村に帰った娘の前には、哀れな姿になった両親の亡骸があった
魔物兎「きゅーっ」
犬娘「うさちゃん!」
打ち拉がれ、泣きつつも、犬娘は両親や村の大人たちの亡骸を数日かけて一人で埋葬すると、魔物兎を近くの村に預けて旅に出た
12 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/08/06(水) 02:32:00.47 ID:aCpzcjHAO
…………
ヤマナミ王「なるほど、よくわかったよ」
ヤマナミ王「……それで、犬娘ちゃんは勇者に復讐したいのかい?」
犬娘は首を横にふる
犬娘「私は復讐なんか望みません、クソ魔物じゃないですから」
メイド長「あははっ」
犬娘「でも……、故郷の魔物たちを守りたいんです」
ヤマナミ王「だから魔王、かあ…… でも流石に闇の衣はあげられないなあ」
ヤマナミ王「……ふむ…… お姉ちゃん、メイド剣士ちゃんは腕が立つんだよね?」
メイド長「うちのメイド隊じゃウチを抜かしたら一番腕が立つよ」
ヤマナミ王「では、彼女を護衛につけよう、コトーに行きなさい」
犬娘「えっ、コトーの……魔王様のところですか?」
メイド剣士「私がですか?」
ヤマナミ王「うん、守ったげて」
メイド剣士「それは私もこの娘を哀れと思いますし王様やメイド長様をクソ王族と蔑んだ目で見ておりますが」
メイド長「おおいっ」
メイド剣士「……王の厳命とあらば」
ヤマナミ王「うん、クソ王の厳命」
メイド剣士「仕方ないですね、クソでも我が王だし」
ヤマナミ王「今日から犬娘ちゃんが君の王様だよ」
メイド剣士「はあ…… 分かりました」
13 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/08/06(水) 02:41:47.12 ID:aCpzcjHAO
メイド長「王様ちゃん腹据わってんな、ショタのくせに」
ヤマナミ王「うちの王家は代々こんな見た目なんだよ!」
メイド剣士「何やら喧嘩していますが、ほっといて行きましょう」
メイド長「がーん!」
メイド剣士「私の魔王様、今後ともよろしくお願い致します」
犬娘「はっ、はうっ!」
犬娘はぼんやり見ていたら急に振られたので焦ってしまう
犬娘「わうっ、よろしくお願いしますっ」
ぴしっと敬礼して尻尾を振った
それがメイド剣士と犬魔王の、出会い
…………
メイド剣士はまずコトーへの航路があるオリファン東の港町を目指すことにした
その前に狼主の住む西の森に立ち寄り、オリファンで一泊することにした
ーー西の森ーー
西の森は何百年も女神の聖獣、狼主が住み着く森である
聖獣は太古より中立であり、魔王を目指す犬娘にも何かしらアドバイスをくれる可能性がある
ある程度の力のある者で無ければ出会えないとされているが、メイド剣士は腕に多少の覚えがあった
西の森には小さな舞台があり、そこでは麓の村やオリファンから集まった観衆が騒いでいた
村人「やっちまえー!」
獣人「殺されろーっ!」