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覗かれる妻
Part9

「松野さんっ・・・・・、
 ああっ、わたし・・・・また・・・・」
妻が松野を見つめ、
限界にまで追い込まれた表情でそう懇願する。
松野は再度達しそうな妻を
そのまま持ち上げ、
風呂に入って座った。
妻は胸のあたりまで温泉につかったまま、
まだ松野と結合している。
状況が変わったことが一層妻を興奮させ、
再び頂点に追い詰めようとしていた。
「ああんっ・・・・・、はあんっ!」
温泉につかりながら、
激しく自分で腰を前後に動かし、
妻は再度官能の極地へ到達しようとした。
「いいっ! ・・・・いいのっ!」
「奥さん、
 そうです。もっと動いて!」
「ああんっ・・・・・・、
 ああっ、いいっ・・・・・・」
妻はそう漏らしながら、
自ら松野に激しくキスをした。
松野もむさぼりつくように、
妻の唇を吸う。
激しく波打つ風呂の湯は、
その中にいる男と女の絡みが、
間もなく目指すべき世界に
達することを予感させるようだった。
「奥さん、いいですよ、
 気をやって。一緒にいきましょう」
「ああっ!・・・・もう、イクっ!」
激しさを増す妻に対し、
松野も遂に限界なのか、
乱暴に唇を吸いながら、
妻を抱きしめる。
妻も松野にしがみつくように両手を絡めていた。
「ああんっ!」
「奥さん、いきますか!」
妻は目を開けて松野を
見つめながら小刻みにうなずく。
「奥さん、出していいですか!」
「あんっ・・・・」
「奥さん、・・・・さあ、
 出してって言って下さい」
松野のその最後の要求を、
そのときの妻は拒否できる状況ではなかった。
ここまで自分を追い込み、
そして絶頂を教えてくれた男に対し、
妻は、最後まで接待の姿勢を崩さなかった。
妻は、松野の指示を、ただ、受け入れた。
「ああんっ!・・・・・
 出してっ・・・・・」
「出しますよ!」
「出してっ! ・・・・・・
 早く、出してっ!」
「奥さんっ!」
「あんっ、イクっ!」
妻の叫びとともに、
松野は妻の中で放出したようだった。
二人の動きはようやく治まり、
岩風呂に静けさが戻ってきた。
温泉の中では、
まだ乱れた息遣いをした全裸の二人が、
しっかりと抱き合っている。
妻と夫以外の男性が、
裸のまま抱き合い、
そして口付けを交わしていた。
「奥さん、素晴らしい・・・・。
 よかったですよ・・・・・」
松野がまだ挿入したまま、
妻にそうささやく。
ぐったりとした妻は、
それに答えることなく、
ただしっかりと松野を抱きしめていた。
「お客さん、
 さあ、行きましょう・・・・・・・」
振り返ると、そこにはケイが座っていた。
私はその天井裏の覗き窓に
案内してくれたケイの存在を、
完全に忘れ去っていた。
それほど岩風呂で展開された行為は、
私の脳を捉えてしまっていた。
すまなさそうな表情をして、
かすかに微笑むケイ。
先程の私との行為の記憶を残すかのように、
その白いブラウスは少し乱れていた。
私はそんなケイを見つめ、
その問いかけに答えることなく、
ケイの体に覆いかぶさった。
「駄目です、こんなところで・・・・」
小声で抵抗するケイを無視し、
私はその狭い空間で、
ケイの服を全て剥ぎ取った。
薄暗いそのスペースで、
ケイの若く華奢な肢体が、
私を誘惑するかのように白く光った。
私はその素肌に吸い付き、
そして乱暴にその裸体を貫いた。
「ああっ・・・・・」
小声で悶える全裸のケイを激しく突きたて、
その遠慮がちな胸の膨らみを愛撫した。
「ああんっ・・・・、
 もっと・・・・・・」
私はケイの上にのしかかり、
一気に放出へとたどり着こうとした。
下の室内には妻がいる。
全裸で他の男と抱き合いながら。
そのとき自分を捕らえていた異様な興奮を、
少しでも忘れ去るため、
私はケイの中に自分自身を解き放った。
珠代からの携帯のメールは、
幼稚園PTAの次回会合の
場所についての連絡だった。
昼食時で山口、
そして他の社員達は外出しており、
事務所内はのんびりとした空気が流れていた。
FMラジオからはビートルズのアルバム
「アビーロード」の特集が流れている。
晴れた昼下がり、オフィスに流れる
そのジョージハリスンの歌声は、
一層雰囲気を和らげるようだった。
裕子はメールに返信することなく、
直接電話をしたい気分になった。
「ねえ、何なの、
 ランチの場所が焼き肉屋ってのは?」
裕子は唐突に、
冗談めかして珠代にそう言った。
「ははは。そうなのよ。
 今度のランチ、
 国道沿いに新しくできた
 焼き肉屋でやるみたい」
裕子の突然の電話に驚くこともなく、
珠代は平然と答えた。
「会長さんの話だと、
 昼間は安いランチもいっぱいあるみたい。
 主婦が20人以上で押しかけても、
 別におかしくないらしいわよ」
「へえ、そうなんだ・・・。
 あっ、珠代さん、
 大丈夫、今電話してて」
そのとき珠代は、
マイホーム用に購入した土地に来ていた。
まだ基盤だが、既に工事が始まっているので、
時間があれば、そうやって頻繁に
訪問しているのだった。
手抜き工事なんてことにならないよう、
でき得る限り現場を訪れ、
写真撮影をして記録を残しておく。
細かくチェックをすることは、
施主としては当然の務めだ。
「平気よ。裕子さんのほうこそいいの?
 今日、パートの日でしょ?」
「今、お昼だから大丈夫よ。
 みんな外出しちゃってて暇してるの」
「いいわね〜、
 それでお金貰えるんでしょう」
そう茶化す珠代に合わせるように、
裕子は答えた。
「ね〜、いいでしょう。ははは」
「何時までなの、今日は」
「2時よ。もうすぐ終わり。
 寛治の迎えには間に合うように帰らなくちゃ・・・」
息子の寛治が飛び出すように
送迎バスから降りてくる光景が
裕子の目に浮かんだ。
最近幼稚園では新聞広告を使って
遊ぶのが流行っているようで、
毎日のように寛治はその広告を
折り曲げて剣やら鉄砲やらを作り、
家に持ち帰ってくるのだった。
「そっか、じゃ、あと少しねえ」
珠代がそう答えたとき、
事務所内の電話がなった。
「あっ、ごめん、
 電話入っちゃった。
 切るね、珠代さん・・・」
「うん、わかった。
 頑張ってね、お仕事」
携帯を切り、
裕子は急いで机の電話機に手を伸ばした。
外線の着信を示す灯りを押し、
素早く受話器をとった。
「はい、山口建築設計事務所でございます」
「もしもし、あっ、奥さんですか、
 ひょっとして・・・・」
裕子は瞬時に電話の相手を悟った。
それは、松野の声だった。
「あ・・・、松野さん・・・」
温泉に行ってから、1週間が経過していた。
夫は忙しくカフェの仕事に戻り、
自分もこうしてパート、
そして子育てと普段の生活に復帰していた。
しかし、あの旅行前の自分とは、
何かが決定的に変わったような気分を
抱いているのも事実であった。
これまで知ることのなかった
官能の境地に初めて足を
踏み入れたためだろうか・・・・。
その肉体のどこかに、
もはや消し去ることのできない
鮮烈な記憶が刻みこまれたことを感じ取り、
裕子は、何かこれまでとは違った感覚を
ずっと隠し持ち続けているかのような、
そんな気持ちであった。
旅行以来、初めて松野の声を聞き、
何とか平静を保とうとする裕子に、
松野はのんびりとした調子で話しかける。
「いや、奥さん、
 先日は大変お世話になりまして・・・・。
 いつもの旅行以上に楽しかったですよ」
思わせぶりなその松野の言葉に、
裕子は体が熱くなるのを感じた。
「い、いえ、
 どうもお疲れ様でございました・・・・。
 あ、あの、山口でしょうか」
話がそれ以上妙な方向に行くことのないよう、
裕子はそう松野に訊いた。
「ああ、そうなんですが、
 ひょっとしてランチかな、今?」
「ええ、今日は11時前からずっと出かけています」
「そうですか、
 じゃあ、携帯に電話してみますわ」
そう言って、
思いがけず電話を切ろうとする松野に、
裕子は思い切ったように、訊いた。
「あ、あの、松野さん・・・・」
「どうしました、奥さん」
「先日の旅行のことですが、
 その・・、
 どなたかにおしゃべりになったり・・・」
「奥さん、そのことでしたら、ご心配なく」
裕子の不安げな声色を打ち消すかのように、
豪快に松野は笑いとばした。
「あれはビジネスですよ、奥さん。
 もう終わったことです。
 誰にも言いませんし、言う必要もない。
 ずるずると引っ張って嫌がらせをするような、
 そんな人間ではありませんから。
 変な心配はなさらないでくださいよ」
松野は、一気にそうまくし立てた。
「奥さん、山口さんにも何も話してませんよ、
 念のために言っておきますが。
 お互い、変なわだかまりは持たずに、
 これからもよろしく頼みますよ。
 いろいろと仕事の件で、
 奥様にはサポートしてもらわねばなりませんからな」
「え、ええ、それは勿論・・・・」
「奥さんに十分な接待をしてもらったからには、
 今度はこちらが仕事でお返しする番です。
 引き続き、よろしくお願いしますよ」
松野との電話を終え、
裕子は椅子に座ったまま、
軽くため息をついた。
松野の台詞をそのまま信じるつもりはなかったが、
かと言って、
すぐに何か問題が発生するような事態に
なりそうもないことも確かだった。
あの旅行での出来事、
自分が選択してしまった行為につき、
裕子はそれ以上悩むつもりはなかった。
それはそれとして受け入れ、
この先も生きていくしかない。
夫への愛情は勿論、変わることはない。
妻としてカフェ経営に懸命な夫を
これからもサポートし、
そして母親として長男の子育てにも
取り組んでいくつもりだった。
そのとき裕子は、
しかし、気づいていなかった。
一度絶頂を知った女は、
再びその世界を見ずにはいられないという事実を。
その熟した体の奥底で、
ついに目を覚ました牝としての本能、
そして覚えてしまった快感。
それは理性をも凌駕するほどの力を
持っていることに、そのときの裕子は、
まだ気づいてはいなかった。
いや、気づいてはいたのだが、
裕子はただ、それを認めるのを
避けていただけなのかもしれない