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覗かれる妻
Part4

この温泉宿の運営企業は、
松野が勤務する大手ハウスメーカーと関係が深く、
社員は接待、社内旅行等で頻繁に利用している。
宿の経営陣には、ハウスメーカーから
出向している人間もいる。
そして、裕子たち夫婦が滞在する離れは、
そのメーカー主導で設計されたもので、
遊び心で、隠された2階から
浴室が覗ける様な仕様が施されていたのであった。
これを知る者は、宿の経営陣及び
ハウスメーカー幹部社員に限定されており、
例えば社員旅行では若手女性社員を
この離れに宿泊するように誘導し、
男性幹部社員が外の庭から
梯子をかけてここの2階に侵入し、
その下の眺めを堪能するのが
恒例となっているのであった。
更に、過去には、
土地の取得で係争状態となった
相手企業幹部を招待し、
ハウスメーカー経営陣の息のかかった
若手女性社員にその人間を巧みに誘惑させ、
浴場での二人の行為を撮影し、
後にそれを脅迫材料に使ったという
事実もあるのだった。
無論、山口はそこまでの経緯は知らされていない。
40センチ四方に切り取られたその覗き窓は、
浴室から見上げれば凝った照明に見せかけられており、
その表面は水蒸気で曇ることの無いよう、
特殊コーティングがされているという
念の入れようであった。
早めに宿に到着し、夕食までの間、
宿で時間を費やすよう仕向けたのは、
松野のアイデアであった。
当然、風呂には入るため、
その裸体がじっくり観察できる。
またこの宿の風情を考えれば、
夫婦一緒に岩風呂に入ることも十分考えられる、
と読んだ上でのものだった。
その松野の予想通り、
2人が2階の覗き部屋に到着するかしないかのうちに、
下での夫婦の行為は始まったのであった。
自分たちが覗かれているとも知らず、
浴槽内で抱き合い、
口付けを交わし続ける夫婦を眺めながら、
松野が感心したような声色で漏らす。
「しかし山口さん、今回はレベルが高いですなあ」
「いやあ、松野さん、そうでしょう」
「あんなに色っぽい女性は久しぶりですよ。
 スタイルが抜群ですねえ。
 胸も形がいいし、あの脚の長さはたまりませんよ」
裕子の裸体を眺め、
それに値段でもつけるかのように、
松野は遠慮なく感想を述べる。
「そもそもあのご主人の店の
 内装をうちがやりましてな。
 そのときに奥さんとも会ったんですが、
 いやこれがすごい美形でしてなあ。
 何とか部長に紹介したいと、
 いろいろ手を回して、
 うちで働かせることにしたんですよ」
年下の松野に媚びるように、山口はそう言った。
「しかしよく見つけましたね、
 あんな人妻・・・。
 いや、こりゃ、今夜が楽しみです」
「たぶんまだ絶頂を知らんでしょう、
 あの調子じゃ。
 是非、部長のテクニックで
 陥としてやってくださいよ」
そう言うと、
山口はくっくっくっと、小声で笑った。
=====
午後6時、まだ外は日差しが十分に残っているが、
我々は山口と松野が滞在する離れに行き、
4人で夕食を開始した。
伊勢海老の姿盛、地鯵、サザエの造り。
西伊豆に位置するだけに、
駿河湾の海の幸をふんだんに使った、
豪華な会席料理である。
我々は食前酒として上品な梅酒を味わった後、
ビールをグラスにそそぎ、改めて乾杯をした。
妻、裕子は抜かりなく、
松野のグラスにビールを注いだ。
妻がそうやって他の男にお酌をする光景は、
何か、見慣れないものだった。
「いやあ、所長さん、すいませんね、今回は」
そう話しながら一気にビールを飲み干す松野に、
すっかり低姿勢な山口が答える。
「いやいや、とんでもありません。
 毎年恒例ですからね。
 是非お楽しみいただければと思います。
 今回は初めて、
 うちの事務所の社員をお連れしましたよ」
そう言って、山口は改めて松野に妻を紹介した。
温泉に入った後ということもあり、
全員、宿の浴衣姿である。
肩に届く妻の髪は丁寧に整えられ、
風呂上りのうなじがなまめかしく光っている。
松野の空いたグラスにビールを足しながら、
妻は挨拶をした。
「川口でございます。
 いつも大変お世話になっております」
「所長、隅に置けませんなあ。
 いつのまにこんな美人を社員にされたんですか」
妻をなめるように見ながら、
ご機嫌な様子で松野が聞く。
「今夜はこの川口が
 部長に存分に尽くさせてもらいます。
 どうぞ、よろしくお願いします」
妻のその口ぶりはすっかり板についたもので、
私は少し驚いた。
こうして妻が自分以外の男性と
親しそうに話すのを見るのは、
随分と久しぶりな気がする。
「そちらはご主人さんですね。
 いやあ、うらやましいですねえ、
 こんなおきれいな方が奥様なんて」
私は自己紹介をし、
山口にお世話になっている旨を説明したが、
松野は真剣に聞く事はなく、妻との会話を進めた。
「奥さん、背が高いですなあ」
「学生時代、バレーボールをやってまして・・・・」
すこし恥ずかしそうに妻が答える。
「ほお、バレーボールを。
 しかしそれにしてはスリムなんじゃないですか?」
「いや、そんなことないですわ」
「それに何かこう、
 上品な気配が漂っていますなあ。
 やはり所長の教育がいいんでしょうなあ」
山口を持ち上げるように、松野が言う。
「いや、松野さん、私は何も。
 しかし、女性は30代ですよ、やはり。
 一番熟しているとでも言いましょうか」
「いや、おっしゃるとおりですなあ」
「もう、いやですわ、お二人とも」
上機嫌で笑う松野に、
妻がそう言いながら笑顔でビールを注ぐ。
3人が和やかに食事を進める中、
私の立場は完全に忘れ去られたものであった。
3人が業界の話を進めていくと、
私はますます話しについていけなくなった。
たいそう豪華な食事であったが、
それもほとんど味わうことはできず、
私はただビールを胃袋に流し込んだ。
そんな調子で食事を進め、
1時間ほどした頃であっただろうか。
突然、その離れを訪れるものがあった。
「おお、どうぞ。入りなさい!」
玄関の土間のほうに目をやりながら、
山口がそう叫んだ。
「失礼しまーす!」
入ってきたのは、なんと、
二人の女性コンパニオンであった。
しかもその二人は、
こんな温泉宿には似つかない、
OL風の紺のストライプが入った制服姿である。
「じゃ、ここと、ここに座って。
 さあさあ、盛り上げて、盛り上げて!」
そう指示を出す山口に従い、
二人は山口の隣、そして私の隣に遠慮なく座る。
「あの、山口さん・・・・」
私はその意外な展開に驚き、
山口に問いただそうとした。
「いや、男性は3人ですからな。
 女性も3人。
 さあ、ご主人も楽しくやりましょう。
 あっ、奥さん、まあ、
 今日は無礼講ということで、
 少しはご主人も大目に見てやってください」
山口は上機嫌な様子で、
早口でそう妻に声をかける。
「は、はい・・・・、そうですね、
 じゃ、私は松野さんのお世話をさせていただきますわ」
一瞬戸惑った様子だったが、
すぐに明るい表情を取り戻し、
妻はそう山口に言った。
「では、また乾杯と
 いきますかな・・・・。はい、乾杯!」
その山口の音頭は、
長い夜の始まりを告げる合図でもあった・・・・。
二人のコンパニオンは上着を脱ぎ、
派手なブラがはっきりと透けて見える
薄い生地のシャツ姿となった。
しかしこのOLのような格好が、
どうにもこの温泉宿にはアンマッチであり、
それがまた男を妖しく刺激するともいえた。
二人とも髪を茶色に染め、
派手な顔立ちをしている。
共にまだ20代前半、
身長は160センチ程度だろうか。
山口の相手は、
胸の隆起がかなり目立つ女だ。
会社員風の名札を見れば、
そこにはミユキと書いてある。
我々はそれぞれ二人ずつの会話が増え、
酒を進めていった。
既に食事は概ね終わり、
あとは酒を重ねていくだけの状況だ。
山口と松野は日本酒に切り替えている。
ふと気づけば、あまりアルコールは強くない妻が、
松野からの酒をその杯で受けている。
私は二人の様子が気になって、
ちらちらとそちらを見ているのだが、
妻はそれほど私を気にする様子はなく、
陽気にはしゃいでいた。
私の前に座る山口とミユキは、
二人で何かゲームを始めたようだ。
「もう、お客さん、強いんだから〜」
ミユキはそう言うと、
突然その白いシャツを脱ぎ去り、
上半身、ブラだけの姿になった。
黒の刺繍が特徴的な、
男をそそるようなブラだった。
ボリューム感たっぷりの豊乳をブラに隠し、
ミユキは山口の手を握りながら、
きゃっきゃっと楽しげに笑っている。
山口もご機嫌な様子で、
女の背中周辺へのおさわりを開始していた。
下着姿になったコンパニオンを見て、
妻の表情は一瞬驚いたように見えたが、
すぐに松野との会話に戻った。
私の隣の女性は、
山口の相手のミユキと比較すれば、
やや口数の少ない女であった。
遠慮がちに私のグラスにビールを注ぐその仕草は、
悪い印象を与えるものではなかった。
「へえ、あちらにいらっしゃる方、
 奥様なんですか」
ケイと名乗るその女は、
私にそう話しかけながら、
微妙にその距離を接近させてくる。
「すごくお綺麗ですね、奥様」
妻を観察するようにじっと見つめ、
ケイはそう感想を述べた。
「まあね・・・」
私は、適当な返事をしながら、
こんな席で妻と同席する
不自然さを感じずにはいられなかった。
妻は依然、何やら松野と楽しそうに談笑している。
さすがに触れてはいないものの、
松野は妻に密着せんばかりの体勢で、
酒をあおっているようだ。
二人の若いコンパニオンと比較すると、
妻の落ち着き、清楚さといったものが、
何かいっそう目立つかのようであった。
2人のコンパニオンが加わり、
部屋の喧騒が更に高まった雰囲気にも慣れた頃、
山口が突然声をあげた。
午後9時を少しまわった頃だった。
「皆さん、盛り上がってるかと思いますが、
 では、そろそろ二次会といきましょうか」
二次会? 
その提案の意味が私にはよくわからなかった。
松野は笑みを浮かべながら、
黙って山口を見つめている。
山口は私のほうを見て、こう説明した。
「ご主人、我々はこのままここで飲みましょう。
 そして松野さんと奥様には、
 ご主人たちの離れをお借りして
 そこで改めて飲みなおして
 いただきたいと思いますが、
 よろしいですな」
「えっ、私たちの・・・」
私は一瞬、言葉に詰まった。
「ええ。接待ですからなあ。
 少しはお2人の時間もお作りせねばなりませんからな」
山口は私に伺うという素振りは見せず、
ただ通告するかのように喋った。
「君たちはここで盛り上げてくれよ。
 まだまだ飲み足りんだろう」
山口はコンパニオンたちにそう声をかけると、
二人は嬉しそうに歓声をあげた。
山口の相手の女、ミユキは、
依然、上半身下着姿であった。
「では松野さん、ご面倒ですが、
 場所をお移りください。
 既にフロントに言って、
 つまみや酒はあちらに用意させていますから」
いつの間に山口はそんな手配をしたのだろうか。
そんな疑問が私の胸によぎる。
「どうも所長、相変わらず手回しがいいですなあ」
松野はゆっくりと立ち上がり、
浴衣を整えながら、山口をねぎらった。
「さあ、裕子さん、お願いしますよ」
「所長・・・・、
 私たちだけが場所を変えるんですか・・・?」
移動を促す山口に、
妻が少し不安げな視線を投げながら問いかけた。
「それが接待ですよ、裕子さん。
 くれぐれも頼みますよ。
 さあさあ、行ってください」
山口は妻の質問をはぐらかすかのようにそう言うと、
立ち上がり、玄関に行き、戸を開けた。
何か、山口に問いかけるべきであった私だが、
何も言うことはできなかった。
融資の件、妻を採用してもらった件、
そして旅行に招待されているという立場・・・・。
様々な負い目が私に襲い掛かかったのである。
「じゃ、いきましょうか、松野さん・・・」
妻は吹っ切ろうとするかのように松野をそう誘うと、
私には「じゃあ」と小さく声をかけ、
そのまま松野を伴って部屋を出て行った。
妻も何杯かビールを付き合っているので、
少し酔っているようである。
私は気持ちを整理できないまま、
心地いいとは言えない酔いを抱え、
その部屋に残った。