百物語2015
Part5
90 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/29(土) 22:34:23.68 ID:uO4SmEpe0
【23話】下級選民 ◆55t.r6W7pA 様
『無題』
祖父の七日法要の時の話。
祖父の家は車で40分かかる場所にあり、通夜の日から八泊ほど泊まらせてもらっていたのだが、
俺は朝が弱く、その日も一番最後に起きた。
俺が寝ていたのは仏壇のある部屋の隣で、二つの部屋の横には縁側がある(旧みたいな感じで)。
親が俺を呼んでいたので、リビングに行こうとしたとき、縁側からトトトトトト…と犬が走るような音がした。だが縁側は戸が完全に閉まっていて、猫すらも入ることは不可能だ。
その音は俺のいる部屋の方の突き当たりまで来た後、仏壇の部屋の方の突き当たりにむかって進んでいった。
そして縁側を突き当たりまで行き、また戻り、再び行く…を何度か繰り返す。
ところが、音が仏壇側の突き当たりいったきり、戻ってこなくなった。
気のせいだったのか、と思った俺が向かおうとしたとき、
重い仏壇がガタリと揺れた
【了】
92 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/29(土) 22:37:16.54 ID:uO4SmEpe0
【24話】下級選民 ◆55t.r6W7pA 様
『無題』
一人暮らしをしていたある日、深夜に起きると、部屋の中に知らない人が大勢いた
しばらく話をしていたが、朝日が昇るのと同時に意識を失い、次に目が覚めた時に全員消えていた
嘘のようで本当の、夢のようで現実の、とある盆の切ない話です
【了】
94 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/29(土) 22:40:50.74 ID:WCE2gmw+0
『公園の怪異』
こいつは先日、久々に会った大学時代の友人の話。自分の体験談では無いため、そいつの脚色も多少入っている可能性はあるものの、いつも冗談の好きな彼が
この時ばかりは心底嫌そうな表情を浮かべていたのが印象に残っている。
とある春の日の夜、入社した先の歓迎会であまり得意では無い酒をしこたま飲まされた彼は、千鳥足で帰路についていたそうだ。
「むう、駄目だわこれ。そこの児童公園でちょいと酔い覚まししていくかな」
あまり規模の大きくない公園に足を踏み入れて年代物のベンチに腰掛けた彼は、ため息まじりで手に持ったウーロン茶のペットボトルのキャップをキュルッと開ける。
子供たちの歓声に溢れる日中とは異なり、深夜の公園は人っ子一人居ない別世界だ。蛍光管が切れかけてでもいるものか、しきりに明滅を繰り返す街路灯に照ら
された遊具をぼんやりと眺めていた彼は、ふと妙な事に気がついた。
主の居ないブランコが、春の生温い夜風の中でかすかに揺れていたそうである。
「あはは。風もないのにブ〜ラブラ、か」
酔いのためか若干焦点の定まらぬ視線で、その光景を見やる彼。その時はまだ、彼には笑みをうかべる余裕があったと言う。
そうしてしばらくするうちに、今度はそのブランコの手前にある球形の骨組みに覆われた回転遊具が鈍い擦過音を伴いながら少しずつ回り始めたそうだ。
「あれれ、今度はあの遊具か。シャフトの軸がどうかしてんじゃないの?あんなのに子供が乗って万が一の事でもあったらどうするつもりだよ。全くお役人ってやつは、
何か事が起きなきゃ重い腰上げねえんだから」
独り言を呟きながら、それでもなお状況の不自然さを把握しきれていない彼。最初こそじんわりゆっくりとした回転であったその遊具は、あれよあれよという間にまるで
目に見えぬ何者かが勢いよく漕いでいるかの様に、ギュルギュルと力強く回り始めたものである。
「え?まだ酔ってるのか俺…」
目をこすり、己の頬を平手で勢いよくはたいて見ても、その遊具は自らの回転を止めようとはしなかった。
「ち、ちょっとこれまずいんじゃないの?」
ようやく我に返って不安に駆られ始めた彼は、震える膝に力を込めて腰掛けたベンチから立ち上がった。
その時である。
95 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/29(土) 22:42:27.65 ID:WCE2gmw+0
「ギイギイギイ…ガンッ!」
彼の間近で更にいきなり、今度は何か重いものでも地面に叩きつけたかの様な派手な音が響き渡った。
「ひっ!」
プルシェンコのトリプルアクセル並みの回転速度でその音がした方向に首を向けた彼の視線のすぐ先では、これまた誰も乗っていないシーソーが、
通常ではあり得ない勢いで左右交互に上下運動を繰り返し始めているではないか。
不気味な叩音は、地面に敷かれたタイルとシーソーの端を覆う金属部とがぶつかり合って生じるそれであった。
「ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ…」
いつ果てるとも無く、夜の帳が降りた公園に不気味な音を響かせ続けるシーソー。
先ほどまでの酩酊状態はどこへやら、すっかり酔いも覚め切った彼は、叫ぶ事すら忘れて涙目になりながらそのまま転がる様に公園の入口まで
駆けだしたとの事だそうだ。
「ガンガンガンガン!って、ゲッターロボの主題歌みたいだなおい」
無理矢理冷やかした俺の軽口にも、彼は苦々しげな面持ちを崩さない。
「それでね、這々の体でその公園の入口から出かけた時に初めて、一陣の風が園内の木々の枝を揺らしたと思ってくれよな。そしたらさ…」
「うん、それからどうした?」
俺の問いにひと呼吸置いて重い口を開いた彼曰く、
「あのさ、確かに聞いたんだよ俺。耳を塞ぎたくなるくらいうるさい木々のざわめきの中で、ほんのかすかに消え入りそうな女の子の声でひと言、『遊んでよ』って…」
【了】
97 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/29(土) 22:47:12.53 ID:uO4SmEpe0
【26話】チッチママ ◆pLru64DMbo 様
『火で焼けた黒い人』
実母の体験談です。
母の実家は昔から地元で有名な大きな農家でした。
母はその末っ子で、母の時代には小さくなっており家族だけになっていました。
大地主の農家の名残で大きな蔵や物置があったそうで、祖父の道楽のガラクタ置場なんかもあったそうです。
母は霊感はなかったのですが、盆と彼岸の時期になると姉妹全員でその日は過ごすようにと言われていたそうです。
ある盆の日に母の持っていた送り火の提灯が突然燃えた事から全てが始まりました。
周囲にいた人たちは騒然となったそうです。7人姉妹の母だけ風もないのに提灯が燃えた事の意味を子供たちだけは知りませんでした。
その日からお守りを持たされ学校の生き返りも必ず姉たちが付き添い、放課後に遊びに行くのも禁止になったそうです。
庭が広かったのでそこで一人で遊んでいると、何か影が見える。
目をこらすとユラユラとゆれて近づいてくる蜃気楼のようだったと。
ただ近づくにつれて「ヴォーヴァー」と小さな音が聞こえてきたそうです。
だんだんとそれが近づいてくるので、母は必死で自宅に戻り祖父に話すと問答無用で塩を頭からかけられ
その足で祖父は外に塩をまきに走って行ったそうです。
次の日に近くの神社で意味のわからぬままにお祓いをされ、数か月は何もなかったそうで皆が安心していました。
母の外出禁止もなくなり友達の家に遊びに行った帰り、とても夕陽が綺麗だったのを覚えているそうです。
帰宅途中のつり橋を渡るときに、急になぜか怖くなってしまったそうです。
98 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/29(土) 22:48:09.98 ID:uO4SmEpe0
何度も慣れたつり橋でしたが、その時だけは地獄への道のようで渡ると帰れないと感じてしまい
でも通らないと帰れないと涙目で渡って行きました。
足元がガクガク震え、なんとか掴まってわたっていると、突然に前からユラリとあの黒い影が出たそうです。
その時に母は見ました。女性だったそうですが焼け焦げて髪もなく、目だけ穴が開いてお腹が異様にポッコリしていたそうです。
そして母は気絶しました。夜になっても帰らぬ母を心配して地元の人たちが探してくれて母は橋の手前で発見されました。
母は三日目には目が覚めた様子ですが、ただ「ヴァー」と犬のように泣くだけで目も虚ろで、ひたすら水をガブ飲みしていたそうです。
母は記憶を失っており今でも、その間の記憶はありません。記憶が戻ったのは一週間後だそうです。
母がずっと持っていたお守りがボロボロになっていたそうで、一時は地元でも有名になりました。
あの黒い影の正体はハッキリとはわかりません。家が古いので土地で何かあったのか?あの女性は何者なのか?
ただ母だけは盆に送り火禁止となり、毎年一族で行っていた場所に近づくのを禁止されました。
そして、その子である私も近づくことを禁止されており、今では本家の跡取りだけが行っています。
母は記憶がない間に夢を見たそうです。女性の名前も当時は覚えていたそうです。
なんでも愛人の身分で虐げられ、子ができた途端に捨てられてお腹に子がいるのに自殺した女性らしいです。
そして、その女性を捨てたのは私たちの一族の血筋の者。あくまで夢ですが祖父母はその話をきくと激怒したそうです。
夢の中で最初は怖い顔だった女性も、母が延々と「おかーちゃん」と泣いていると、次第に優しい顔になり
慰めてくれたそうです。最後は彼女の腕にいた赤ん坊を抱かせてくれ、母が「可愛いね」と言うと
「お前は許してやる」と言われ、青い花畑を追い出されたそう。
私の母方の身内の男性はいまだに運がありません。それとどう関係あるのかはわかりませんが
真相を知る祖父母も亡くなりました。私も母の実家に近づくと気分が悪くなるので近づきません
(終)
100 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/29(土) 22:49:49.45 ID:uO4SmEpe0
【27話】ぺそ ◆qyVZC3tLJo 様
『しなない』
昔から、九死に一生ばかり続いています。
幼少期、3階建てくらいの高さから落ちたのに歯が欠けただけ。
何度も病院で「今日が山場です」といわれたけども、翌日元気に。
車と自転車の衝突事故であと数センチで崖下。
何度も持病で昏倒し、絶対普段人が通らない場所でも発見してもらえる、など。
偶然といえばそれまでなのですが、本当に本当にしなないんです。
関わった人には不思議がられます。
先日たまたま占い師の方に見てもらう機会がありそのとき「守護霊がすごく強いね、しなないでしょ?」といわれびっくりしました。
確かにそうなんです。いわれたからそう感じただけ、とも言えるのですが実際自分自身よく生きてるなとも思うので・・・・。
そういえば小さい時にもなんか言われたことあるなぁと思い出しました。
なにかすごく強いものに守られていると。
偶然であれなんであれ、何かに守られてるのかなと思い日々周りの人、もの、見守ってくれてるモノたちに感謝して生きていたいです。
おわり
102 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/29(土) 22:52:23.97 ID:WCE2gmw+0
『事務室に棲む主』
以前勤めていた会社での飲み会の席上、お世話になったKさんと言う経理課の先輩から教えて貰った、ちょっとした小ネタである。
時は9月末の決算期、このシーズンになると経理課員も当然仕事に忙殺される。ご他聞に漏れずKさんも、決算書類の処理に追われていた。毎日早朝から夜は他の社員の退社後も
パーテーションに仕切られた個室に籠もり、机上に堆く積まれた収支報告書や各伝票とにらめっこするKさんを見る度に、俺は他人事ながらも軽いため息をついていたものである。
「そんな晩の事なんだけどね…」
その日もKさんはたった独りで、いつ果てるとも知れないデスマーチの中に身を置きながら悪戦苦闘を続けていた。
「じゃあ悪いけど先に帰るからさ、体壊さない程度に頑張ってな」
彼の背中に手を置きそう言い残して家路に就く上司の後ろ姿に、聞こえぬ程度の小声で悪態をつくKさん。
「そう思ったら、栄養ドリンクの一本も差し入れて下さいよっつーの…」
事務所の時計は既に午後10時を回っている。ようやく資料のチェックを追えたKさんは、眠い目をこすりながらも最終計算へと入ったものだ。
男性にしてはいささか細めのKさんの指に弾かれて、商売道具である算盤の珠が事務室内に軽やかな音を響かせる。
元々が商業高校出身のKさんは、算盤の技術にはちょっとした自信を持っていた。何しろ「算盤弾きながら生まれて来た」とまで周囲から賞賛されるその腕前たるや、俺がとろとろ
電卓を弾くよりも数倍早く、彼の手にかかると少年ジャンプ程に分厚い資料の山が5分もせずに綺麗さっぱり無くなるくらいである。
しかしその夜のKさんは、どうやらいつもの彼では無かった模様だった。
103 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/29(土) 22:53:53.84 ID:WCE2gmw+0
「あれ?」
単純な加減のみである筈の計算が、何度検算を繰り返してみても弾き出される結果が異なりまくるのである。腕に覚えのKさんのプライドが、この時ばかりは
微妙に揺らぎつつあった。
「いつも通りのありふれた計算のくせ、何で毎回答えが違うんだっけ」
まだ経理ソフトなど導入されていなかった時代の事である、何度も何度も弾いてはやり直しを延々と続けるKさん。さらにおかしな事には、そうして得られた数値は
検算を繰り返す度に狭まるどころか、振幅が逆にだんだん大きくずれて行く。
ひと呼吸置いて大きな背伸びの後、再び資料に挑んだものの相変わらず出された計算結果はデタラメな数値を示すだけ…。
「あーもう、やめたやめた。明日仕切り直しをするとして、もう帰るとするか」
すっかり自棄になり、そそくさとカバンに資料を詰め込んで退社前の戸締まりをするKさん。指先呼称で異状の有無を確認し、事務室の消灯をしてあとは入口ドアの
施錠をするのみであった。そしてドアノブの鍵穴にキーを差し込む段になって、Kさんの耳にはおよそ場違いな「何か」が聞こえたそうである。
「フフフフ…」
今しがた照明を落としたばかりの無人の事務室の一角から、悪戯っぽい中性的な含み笑いがドアの隙間越しに響いて来たと言うのだ。
「お、俺一人しかここには居なかった筈だよなあこの事務室…」
心に広がる不気味な不安を振り払うかの如く、勢いよくドアをロックするKさん。かちりと小さな施錠音が鳴ると同時に、事務室内の奇妙な笑い声もピタリと止んだそうな。
翌日出社してからKさんが前夜の残り作業を再開すると、今度は一転どうしたものか、初っ端の一発で無事正解が導き出されたとの事である。
「やっぱアレはさ、支社の事務室に憑く得体の知れない何かが俺をからかったんだろうね。そんな事して何が面白いんだっつー話なんだけど、まあ命までは取られないと
思うから良しとしなきゃ、な」
そこまで一気に語り終えると、Kさんは手にしたグラスの水割りを大きくあおった。
【了】
105 :猫虫 ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 22:57:19.30 ID:rKZkpF2O0
【ネックレス】
今の彼女と付き合い始めたばかりの頃の話。
とある駅前で彼女と待ち合わせをしていたのだが、その日は時間より早く着いてしまった。
近くに喫煙所があったのでそこで煙草を吸っていると、すぐ近くで黒人男性が露店の準備をし始めた。
並べているのは、カラフルなビーズで作られたネックレスやブレスレット。
どれも鮮やかな原色が多用されており、大ぶりなビーズが多く使われた派手なものばかりだ。
退屈なので横目で品物を見ていると、その黒人が視線に気付いて声をかけてきた。
「オニイサン、見テッテヨ。コレ、アフリカ本物ネ。ケニア、コンゴ、スーダン、イロンナ国ノヨ。安イ安イヨ」
いや俺そんなの付けないし、と断ろうとした時、運悪く彼女が来てしまった。
「お待たせー、あ、カワイイ!」
俺の顔もろくに見ないうちから、彼女の目は色とりどりのアクセサリーに釘付けとなった。
すぐに幾つかのネックレスを手に取ると、置かれた小さな鏡の前で自分の胸元に当て始める。
「最近フォークロアが流行りなんだよねー。私もこういうの一個欲しいなって思ってたんだ」
まずい流れだなと思っていると、案の定彼女はキラキラした笑顔で俺を見つめた。
「買って!」
「やだよ、自分で買え」
「今日、記念日じゃん!買って!」
「何の記念日だよ」
「付き合って、えーと…5週間ちょっと記念日!」
凄まじく半端な記念日を提示され、俺は言葉を失った。
俺の沈黙を勝手に肯定と判断した彼女は、どれにしよっかなーとひとしきり悩んだ後、ひとつのネックレスを手に取った。
「これ…」と呟いた後、笑顔だった彼女の顔から、すっと笑みが消えた。
その瞬間、俺は彼女が別人に変わってしまったかのような感覚を覚え、言いようのない不安を感じた。
彼女はどこかうつろな表情でネックレスを見つめたまま、「これにする。これがいい」と黒人に差し出した。
「アリガトネー、サンゼンエンネー」と言いながら、黒人がネックレスを袋に入れて彼女に手渡す。
正直俺は、このネックレスを彼女に買ってやりたくはなかった。
さっき感じた不安が頭を離れなかったからだ。
だが、黒人に「オニイサン、サンゼンエン」と真顔で催促され、俺は流されるまま金を支払ってしまった。
106 :猫虫 ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 23:02:48.97 ID:rKZkpF2O0
「ありがとう、大事にするね!」
そう言って振り返った彼女からは、先ほどの異様な雰囲気はすっかり消え失せていた。
結果的に上手く騙されたような気がしないでもなかったが、彼女はああいう妙な小技を瞬時に繰り出せるほど器用なタイプではない。
あの時の嫌な感じはただの気のせいだと自分に言い聞かせ、「今後、記念日は月一回だけな。それ以上は認めん」と彼女を小突いた。
夕食を摂ろうと入ったレストランで、注文の品が来るまでの暇つぶしに彼女はさっきのネックレスを取り出し、さっそく首に掛けた。
「どう?似合う?」と笑ってみせる彼女は実に嬉しげだったのだが、胸元にかかったそのネックレスをまじまじと見直してから「あれ?」と首をかしげた。
「なんか思ったより地味。こんなだったっけ?」
そのネックレスはバッファローの角を楕円に削った黒と白の大きなビーズの間に、緑と黄色の小さなガラスビーズが交互に挟まれているだけのシンプルなデザインだった。
確かに、これ以外で彼女が手に取っていたのはもっと派手なものばかりだったので、俺も彼女がこれを選んだ時は意外に思ったのだ。
「じゃあ、返品して他のに変えてもらわない?」
怖がらせたくはなかったので理由は明かさず遠回しにそう聞いてみたのだが、彼女の答えは「うーん、まぁシンプルな方が使い回しもきくし、これでいいよ」だった。
まあ、変な感じがしたのはあの時だけだったし、たいして気にするほどの事でもないかもしれない。
ちょうど頼んでいた料理が運ばれてきたのもあって、俺達はそこで話を打ち切った。
107 :猫虫 ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 23:06:02.19 ID:rKZkpF2O0
その夜、彼女の部屋で眠っていると、夜中に彼女が突然ガバッと飛び起きた。
その気配につられて俺も目が覚めた。
「何、どうしたの」
眠い目をこすりながら彼女に尋ねると、彼女はしばらく俺の顔を見つめてから「…なんだっけ?」と訳の分からない質問で返してきた。
聞けば、怖い夢を見て飛び起きたのだが、内容をすっかり忘れてしまったのだという。
ああそう、と速攻で寝直す体勢に入った俺は、彼女にぶーぶー文句を言われながらも眠りに落ちていった。
それからほぼ毎日、彼女は悪夢にうなされるようになった。
目が覚めるといつも内容を忘れているのだが、泣きながら目覚めることもあった。
あのネックレスが怪しいと思った俺は、あの日感じた不安をついに彼女に打ち明けた。
「だからさ、やっぱ捨てたほうがいいって。あれ買ってからじゃん、うなされるようになったの」
しかし、俺の主張に彼女は難色を示した。
「あれが原因とは限らないじゃん。違ってたらもったいないもん」
どうしても捨てるのは嫌だと言う彼女と折衝を重ねた結果、とりあえず何日か俺が預かってみることで話が付いた。
俺はネックレスを持ち帰り、彼女がしていたようにベッドの脇に置いて眠ってみたが、特に悪夢は見なかった。
だが、彼女の方は効果覿面だった。
ネックレスを手元に置かなくなってから、悪夢を見る事がなくなったのだ。
明らかな変化に、今度は彼女の方から処分を頼んできた。
彼女は俺が鈍感だから影響を受けないのだと茶化したが、「だからって普通に捨てたりしないで、ちゃんとした人にやってもらってね」と俺の身を案じてくれた。
俺は彼女の言葉に従い、神社で禰宜をやっている知人に処分をお願いした。
108 :猫虫 ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 23:10:04.20 ID:rKZkpF2O0
そのネックレスを見るなり、知人は「あー多分これ遺品」と言った。
詳しく話せと言われて経緯を話すと、なるほどねとうなずかれた。
「前に似たようなの預かった事があって調べたんだけど、アフリカとかの貧困地域だと死者の遺品は遺族の大事な収入源なんだよ」
宗教観もあるのだろうが、手元に置いて故人の思い出に浸る事よりも、明日ご飯を食べる事の方がよほど大事なのだろう。
そんなわけで、遺品を安く買い取って物価の高い国に持ち込んで売ってるような露店ってのは結構あるそうだ。
最近だとネットオークションにも多いらしい。
一応「俺が影響を受けないのは鈍感だからですか」と聞いたら、「それもあるかもしんないけど」と大笑いされた。
「まぁ多分、女性の方が影響受けやすいんじゃないかなぁ。霊が憑いてるというより『念が残ってる』って感じなんだけど、そういうのは女性の方が感じやすい。それにこれは女性の持ち物だっただろうから、同性の方が思いを共有しやすいのかもね」
モノが手元を離れれば問題ないとの事だったので、ネックレスだけ供養してもらう事になった。
かくしてアフリカの遺品ネックレスは遥か極東の神社でお焚き上げ供養を受け、天へと還った。
輸入雑貨が持て囃される昨今だが、出処のはっきりしない物を買うという事のリスクを痛感した出来事だった。
【了】
【23話】下級選民 ◆55t.r6W7pA 様
『無題』
祖父の七日法要の時の話。
祖父の家は車で40分かかる場所にあり、通夜の日から八泊ほど泊まらせてもらっていたのだが、
俺は朝が弱く、その日も一番最後に起きた。
俺が寝ていたのは仏壇のある部屋の隣で、二つの部屋の横には縁側がある(旧みたいな感じで)。
親が俺を呼んでいたので、リビングに行こうとしたとき、縁側からトトトトトト…と犬が走るような音がした。だが縁側は戸が完全に閉まっていて、猫すらも入ることは不可能だ。
その音は俺のいる部屋の方の突き当たりまで来た後、仏壇の部屋の方の突き当たりにむかって進んでいった。
そして縁側を突き当たりまで行き、また戻り、再び行く…を何度か繰り返す。
ところが、音が仏壇側の突き当たりいったきり、戻ってこなくなった。
気のせいだったのか、と思った俺が向かおうとしたとき、
重い仏壇がガタリと揺れた
【了】
92 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/29(土) 22:37:16.54 ID:uO4SmEpe0
【24話】下級選民 ◆55t.r6W7pA 様
『無題』
一人暮らしをしていたある日、深夜に起きると、部屋の中に知らない人が大勢いた
しばらく話をしていたが、朝日が昇るのと同時に意識を失い、次に目が覚めた時に全員消えていた
嘘のようで本当の、夢のようで現実の、とある盆の切ない話です
【了】
94 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/29(土) 22:40:50.74 ID:WCE2gmw+0
『公園の怪異』
こいつは先日、久々に会った大学時代の友人の話。自分の体験談では無いため、そいつの脚色も多少入っている可能性はあるものの、いつも冗談の好きな彼が
この時ばかりは心底嫌そうな表情を浮かべていたのが印象に残っている。
とある春の日の夜、入社した先の歓迎会であまり得意では無い酒をしこたま飲まされた彼は、千鳥足で帰路についていたそうだ。
「むう、駄目だわこれ。そこの児童公園でちょいと酔い覚まししていくかな」
あまり規模の大きくない公園に足を踏み入れて年代物のベンチに腰掛けた彼は、ため息まじりで手に持ったウーロン茶のペットボトルのキャップをキュルッと開ける。
子供たちの歓声に溢れる日中とは異なり、深夜の公園は人っ子一人居ない別世界だ。蛍光管が切れかけてでもいるものか、しきりに明滅を繰り返す街路灯に照ら
された遊具をぼんやりと眺めていた彼は、ふと妙な事に気がついた。
主の居ないブランコが、春の生温い夜風の中でかすかに揺れていたそうである。
「あはは。風もないのにブ〜ラブラ、か」
酔いのためか若干焦点の定まらぬ視線で、その光景を見やる彼。その時はまだ、彼には笑みをうかべる余裕があったと言う。
そうしてしばらくするうちに、今度はそのブランコの手前にある球形の骨組みに覆われた回転遊具が鈍い擦過音を伴いながら少しずつ回り始めたそうだ。
「あれれ、今度はあの遊具か。シャフトの軸がどうかしてんじゃないの?あんなのに子供が乗って万が一の事でもあったらどうするつもりだよ。全くお役人ってやつは、
何か事が起きなきゃ重い腰上げねえんだから」
独り言を呟きながら、それでもなお状況の不自然さを把握しきれていない彼。最初こそじんわりゆっくりとした回転であったその遊具は、あれよあれよという間にまるで
目に見えぬ何者かが勢いよく漕いでいるかの様に、ギュルギュルと力強く回り始めたものである。
「え?まだ酔ってるのか俺…」
目をこすり、己の頬を平手で勢いよくはたいて見ても、その遊具は自らの回転を止めようとはしなかった。
「ち、ちょっとこれまずいんじゃないの?」
ようやく我に返って不安に駆られ始めた彼は、震える膝に力を込めて腰掛けたベンチから立ち上がった。
その時である。
95 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/29(土) 22:42:27.65 ID:WCE2gmw+0
「ギイギイギイ…ガンッ!」
彼の間近で更にいきなり、今度は何か重いものでも地面に叩きつけたかの様な派手な音が響き渡った。
「ひっ!」
プルシェンコのトリプルアクセル並みの回転速度でその音がした方向に首を向けた彼の視線のすぐ先では、これまた誰も乗っていないシーソーが、
通常ではあり得ない勢いで左右交互に上下運動を繰り返し始めているではないか。
不気味な叩音は、地面に敷かれたタイルとシーソーの端を覆う金属部とがぶつかり合って生じるそれであった。
「ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ…」
いつ果てるとも無く、夜の帳が降りた公園に不気味な音を響かせ続けるシーソー。
先ほどまでの酩酊状態はどこへやら、すっかり酔いも覚め切った彼は、叫ぶ事すら忘れて涙目になりながらそのまま転がる様に公園の入口まで
駆けだしたとの事だそうだ。
「ガンガンガンガン!って、ゲッターロボの主題歌みたいだなおい」
無理矢理冷やかした俺の軽口にも、彼は苦々しげな面持ちを崩さない。
「それでね、這々の体でその公園の入口から出かけた時に初めて、一陣の風が園内の木々の枝を揺らしたと思ってくれよな。そしたらさ…」
「うん、それからどうした?」
俺の問いにひと呼吸置いて重い口を開いた彼曰く、
「あのさ、確かに聞いたんだよ俺。耳を塞ぎたくなるくらいうるさい木々のざわめきの中で、ほんのかすかに消え入りそうな女の子の声でひと言、『遊んでよ』って…」
【了】
97 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/29(土) 22:47:12.53 ID:uO4SmEpe0
【26話】チッチママ ◆pLru64DMbo 様
『火で焼けた黒い人』
実母の体験談です。
母の実家は昔から地元で有名な大きな農家でした。
母はその末っ子で、母の時代には小さくなっており家族だけになっていました。
大地主の農家の名残で大きな蔵や物置があったそうで、祖父の道楽のガラクタ置場なんかもあったそうです。
母は霊感はなかったのですが、盆と彼岸の時期になると姉妹全員でその日は過ごすようにと言われていたそうです。
ある盆の日に母の持っていた送り火の提灯が突然燃えた事から全てが始まりました。
周囲にいた人たちは騒然となったそうです。7人姉妹の母だけ風もないのに提灯が燃えた事の意味を子供たちだけは知りませんでした。
その日からお守りを持たされ学校の生き返りも必ず姉たちが付き添い、放課後に遊びに行くのも禁止になったそうです。
庭が広かったのでそこで一人で遊んでいると、何か影が見える。
目をこらすとユラユラとゆれて近づいてくる蜃気楼のようだったと。
ただ近づくにつれて「ヴォーヴァー」と小さな音が聞こえてきたそうです。
だんだんとそれが近づいてくるので、母は必死で自宅に戻り祖父に話すと問答無用で塩を頭からかけられ
その足で祖父は外に塩をまきに走って行ったそうです。
次の日に近くの神社で意味のわからぬままにお祓いをされ、数か月は何もなかったそうで皆が安心していました。
母の外出禁止もなくなり友達の家に遊びに行った帰り、とても夕陽が綺麗だったのを覚えているそうです。
帰宅途中のつり橋を渡るときに、急になぜか怖くなってしまったそうです。
何度も慣れたつり橋でしたが、その時だけは地獄への道のようで渡ると帰れないと感じてしまい
でも通らないと帰れないと涙目で渡って行きました。
足元がガクガク震え、なんとか掴まってわたっていると、突然に前からユラリとあの黒い影が出たそうです。
その時に母は見ました。女性だったそうですが焼け焦げて髪もなく、目だけ穴が開いてお腹が異様にポッコリしていたそうです。
そして母は気絶しました。夜になっても帰らぬ母を心配して地元の人たちが探してくれて母は橋の手前で発見されました。
母は三日目には目が覚めた様子ですが、ただ「ヴァー」と犬のように泣くだけで目も虚ろで、ひたすら水をガブ飲みしていたそうです。
母は記憶を失っており今でも、その間の記憶はありません。記憶が戻ったのは一週間後だそうです。
母がずっと持っていたお守りがボロボロになっていたそうで、一時は地元でも有名になりました。
あの黒い影の正体はハッキリとはわかりません。家が古いので土地で何かあったのか?あの女性は何者なのか?
ただ母だけは盆に送り火禁止となり、毎年一族で行っていた場所に近づくのを禁止されました。
そして、その子である私も近づくことを禁止されており、今では本家の跡取りだけが行っています。
母は記憶がない間に夢を見たそうです。女性の名前も当時は覚えていたそうです。
なんでも愛人の身分で虐げられ、子ができた途端に捨てられてお腹に子がいるのに自殺した女性らしいです。
そして、その女性を捨てたのは私たちの一族の血筋の者。あくまで夢ですが祖父母はその話をきくと激怒したそうです。
夢の中で最初は怖い顔だった女性も、母が延々と「おかーちゃん」と泣いていると、次第に優しい顔になり
慰めてくれたそうです。最後は彼女の腕にいた赤ん坊を抱かせてくれ、母が「可愛いね」と言うと
「お前は許してやる」と言われ、青い花畑を追い出されたそう。
私の母方の身内の男性はいまだに運がありません。それとどう関係あるのかはわかりませんが
真相を知る祖父母も亡くなりました。私も母の実家に近づくと気分が悪くなるので近づきません
(終)
100 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/29(土) 22:49:49.45 ID:uO4SmEpe0
【27話】ぺそ ◆qyVZC3tLJo 様
『しなない』
昔から、九死に一生ばかり続いています。
幼少期、3階建てくらいの高さから落ちたのに歯が欠けただけ。
何度も病院で「今日が山場です」といわれたけども、翌日元気に。
車と自転車の衝突事故であと数センチで崖下。
何度も持病で昏倒し、絶対普段人が通らない場所でも発見してもらえる、など。
偶然といえばそれまでなのですが、本当に本当にしなないんです。
関わった人には不思議がられます。
先日たまたま占い師の方に見てもらう機会がありそのとき「守護霊がすごく強いね、しなないでしょ?」といわれびっくりしました。
確かにそうなんです。いわれたからそう感じただけ、とも言えるのですが実際自分自身よく生きてるなとも思うので・・・・。
そういえば小さい時にもなんか言われたことあるなぁと思い出しました。
なにかすごく強いものに守られていると。
偶然であれなんであれ、何かに守られてるのかなと思い日々周りの人、もの、見守ってくれてるモノたちに感謝して生きていたいです。
おわり
102 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/29(土) 22:52:23.97 ID:WCE2gmw+0
『事務室に棲む主』
以前勤めていた会社での飲み会の席上、お世話になったKさんと言う経理課の先輩から教えて貰った、ちょっとした小ネタである。
時は9月末の決算期、このシーズンになると経理課員も当然仕事に忙殺される。ご他聞に漏れずKさんも、決算書類の処理に追われていた。毎日早朝から夜は他の社員の退社後も
パーテーションに仕切られた個室に籠もり、机上に堆く積まれた収支報告書や各伝票とにらめっこするKさんを見る度に、俺は他人事ながらも軽いため息をついていたものである。
「そんな晩の事なんだけどね…」
その日もKさんはたった独りで、いつ果てるとも知れないデスマーチの中に身を置きながら悪戦苦闘を続けていた。
「じゃあ悪いけど先に帰るからさ、体壊さない程度に頑張ってな」
彼の背中に手を置きそう言い残して家路に就く上司の後ろ姿に、聞こえぬ程度の小声で悪態をつくKさん。
「そう思ったら、栄養ドリンクの一本も差し入れて下さいよっつーの…」
事務所の時計は既に午後10時を回っている。ようやく資料のチェックを追えたKさんは、眠い目をこすりながらも最終計算へと入ったものだ。
男性にしてはいささか細めのKさんの指に弾かれて、商売道具である算盤の珠が事務室内に軽やかな音を響かせる。
元々が商業高校出身のKさんは、算盤の技術にはちょっとした自信を持っていた。何しろ「算盤弾きながら生まれて来た」とまで周囲から賞賛されるその腕前たるや、俺がとろとろ
電卓を弾くよりも数倍早く、彼の手にかかると少年ジャンプ程に分厚い資料の山が5分もせずに綺麗さっぱり無くなるくらいである。
しかしその夜のKさんは、どうやらいつもの彼では無かった模様だった。
103 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/29(土) 22:53:53.84 ID:WCE2gmw+0
「あれ?」
単純な加減のみである筈の計算が、何度検算を繰り返してみても弾き出される結果が異なりまくるのである。腕に覚えのKさんのプライドが、この時ばかりは
微妙に揺らぎつつあった。
「いつも通りのありふれた計算のくせ、何で毎回答えが違うんだっけ」
まだ経理ソフトなど導入されていなかった時代の事である、何度も何度も弾いてはやり直しを延々と続けるKさん。さらにおかしな事には、そうして得られた数値は
検算を繰り返す度に狭まるどころか、振幅が逆にだんだん大きくずれて行く。
ひと呼吸置いて大きな背伸びの後、再び資料に挑んだものの相変わらず出された計算結果はデタラメな数値を示すだけ…。
「あーもう、やめたやめた。明日仕切り直しをするとして、もう帰るとするか」
すっかり自棄になり、そそくさとカバンに資料を詰め込んで退社前の戸締まりをするKさん。指先呼称で異状の有無を確認し、事務室の消灯をしてあとは入口ドアの
施錠をするのみであった。そしてドアノブの鍵穴にキーを差し込む段になって、Kさんの耳にはおよそ場違いな「何か」が聞こえたそうである。
「フフフフ…」
今しがた照明を落としたばかりの無人の事務室の一角から、悪戯っぽい中性的な含み笑いがドアの隙間越しに響いて来たと言うのだ。
「お、俺一人しかここには居なかった筈だよなあこの事務室…」
心に広がる不気味な不安を振り払うかの如く、勢いよくドアをロックするKさん。かちりと小さな施錠音が鳴ると同時に、事務室内の奇妙な笑い声もピタリと止んだそうな。
翌日出社してからKさんが前夜の残り作業を再開すると、今度は一転どうしたものか、初っ端の一発で無事正解が導き出されたとの事である。
「やっぱアレはさ、支社の事務室に憑く得体の知れない何かが俺をからかったんだろうね。そんな事して何が面白いんだっつー話なんだけど、まあ命までは取られないと
思うから良しとしなきゃ、な」
そこまで一気に語り終えると、Kさんは手にしたグラスの水割りを大きくあおった。
【了】
105 :猫虫 ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 22:57:19.30 ID:rKZkpF2O0
【ネックレス】
今の彼女と付き合い始めたばかりの頃の話。
とある駅前で彼女と待ち合わせをしていたのだが、その日は時間より早く着いてしまった。
近くに喫煙所があったのでそこで煙草を吸っていると、すぐ近くで黒人男性が露店の準備をし始めた。
並べているのは、カラフルなビーズで作られたネックレスやブレスレット。
どれも鮮やかな原色が多用されており、大ぶりなビーズが多く使われた派手なものばかりだ。
退屈なので横目で品物を見ていると、その黒人が視線に気付いて声をかけてきた。
「オニイサン、見テッテヨ。コレ、アフリカ本物ネ。ケニア、コンゴ、スーダン、イロンナ国ノヨ。安イ安イヨ」
いや俺そんなの付けないし、と断ろうとした時、運悪く彼女が来てしまった。
「お待たせー、あ、カワイイ!」
俺の顔もろくに見ないうちから、彼女の目は色とりどりのアクセサリーに釘付けとなった。
すぐに幾つかのネックレスを手に取ると、置かれた小さな鏡の前で自分の胸元に当て始める。
「最近フォークロアが流行りなんだよねー。私もこういうの一個欲しいなって思ってたんだ」
まずい流れだなと思っていると、案の定彼女はキラキラした笑顔で俺を見つめた。
「買って!」
「やだよ、自分で買え」
「今日、記念日じゃん!買って!」
「何の記念日だよ」
「付き合って、えーと…5週間ちょっと記念日!」
凄まじく半端な記念日を提示され、俺は言葉を失った。
俺の沈黙を勝手に肯定と判断した彼女は、どれにしよっかなーとひとしきり悩んだ後、ひとつのネックレスを手に取った。
「これ…」と呟いた後、笑顔だった彼女の顔から、すっと笑みが消えた。
その瞬間、俺は彼女が別人に変わってしまったかのような感覚を覚え、言いようのない不安を感じた。
彼女はどこかうつろな表情でネックレスを見つめたまま、「これにする。これがいい」と黒人に差し出した。
「アリガトネー、サンゼンエンネー」と言いながら、黒人がネックレスを袋に入れて彼女に手渡す。
正直俺は、このネックレスを彼女に買ってやりたくはなかった。
さっき感じた不安が頭を離れなかったからだ。
だが、黒人に「オニイサン、サンゼンエン」と真顔で催促され、俺は流されるまま金を支払ってしまった。
106 :猫虫 ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 23:02:48.97 ID:rKZkpF2O0
「ありがとう、大事にするね!」
そう言って振り返った彼女からは、先ほどの異様な雰囲気はすっかり消え失せていた。
結果的に上手く騙されたような気がしないでもなかったが、彼女はああいう妙な小技を瞬時に繰り出せるほど器用なタイプではない。
あの時の嫌な感じはただの気のせいだと自分に言い聞かせ、「今後、記念日は月一回だけな。それ以上は認めん」と彼女を小突いた。
夕食を摂ろうと入ったレストランで、注文の品が来るまでの暇つぶしに彼女はさっきのネックレスを取り出し、さっそく首に掛けた。
「どう?似合う?」と笑ってみせる彼女は実に嬉しげだったのだが、胸元にかかったそのネックレスをまじまじと見直してから「あれ?」と首をかしげた。
「なんか思ったより地味。こんなだったっけ?」
そのネックレスはバッファローの角を楕円に削った黒と白の大きなビーズの間に、緑と黄色の小さなガラスビーズが交互に挟まれているだけのシンプルなデザインだった。
確かに、これ以外で彼女が手に取っていたのはもっと派手なものばかりだったので、俺も彼女がこれを選んだ時は意外に思ったのだ。
「じゃあ、返品して他のに変えてもらわない?」
怖がらせたくはなかったので理由は明かさず遠回しにそう聞いてみたのだが、彼女の答えは「うーん、まぁシンプルな方が使い回しもきくし、これでいいよ」だった。
まあ、変な感じがしたのはあの時だけだったし、たいして気にするほどの事でもないかもしれない。
ちょうど頼んでいた料理が運ばれてきたのもあって、俺達はそこで話を打ち切った。
107 :猫虫 ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 23:06:02.19 ID:rKZkpF2O0
その夜、彼女の部屋で眠っていると、夜中に彼女が突然ガバッと飛び起きた。
その気配につられて俺も目が覚めた。
「何、どうしたの」
眠い目をこすりながら彼女に尋ねると、彼女はしばらく俺の顔を見つめてから「…なんだっけ?」と訳の分からない質問で返してきた。
聞けば、怖い夢を見て飛び起きたのだが、内容をすっかり忘れてしまったのだという。
ああそう、と速攻で寝直す体勢に入った俺は、彼女にぶーぶー文句を言われながらも眠りに落ちていった。
それからほぼ毎日、彼女は悪夢にうなされるようになった。
目が覚めるといつも内容を忘れているのだが、泣きながら目覚めることもあった。
あのネックレスが怪しいと思った俺は、あの日感じた不安をついに彼女に打ち明けた。
「だからさ、やっぱ捨てたほうがいいって。あれ買ってからじゃん、うなされるようになったの」
しかし、俺の主張に彼女は難色を示した。
「あれが原因とは限らないじゃん。違ってたらもったいないもん」
どうしても捨てるのは嫌だと言う彼女と折衝を重ねた結果、とりあえず何日か俺が預かってみることで話が付いた。
俺はネックレスを持ち帰り、彼女がしていたようにベッドの脇に置いて眠ってみたが、特に悪夢は見なかった。
だが、彼女の方は効果覿面だった。
ネックレスを手元に置かなくなってから、悪夢を見る事がなくなったのだ。
明らかな変化に、今度は彼女の方から処分を頼んできた。
彼女は俺が鈍感だから影響を受けないのだと茶化したが、「だからって普通に捨てたりしないで、ちゃんとした人にやってもらってね」と俺の身を案じてくれた。
俺は彼女の言葉に従い、神社で禰宜をやっている知人に処分をお願いした。
108 :猫虫 ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 23:10:04.20 ID:rKZkpF2O0
そのネックレスを見るなり、知人は「あー多分これ遺品」と言った。
詳しく話せと言われて経緯を話すと、なるほどねとうなずかれた。
「前に似たようなの預かった事があって調べたんだけど、アフリカとかの貧困地域だと死者の遺品は遺族の大事な収入源なんだよ」
宗教観もあるのだろうが、手元に置いて故人の思い出に浸る事よりも、明日ご飯を食べる事の方がよほど大事なのだろう。
そんなわけで、遺品を安く買い取って物価の高い国に持ち込んで売ってるような露店ってのは結構あるそうだ。
最近だとネットオークションにも多いらしい。
一応「俺が影響を受けないのは鈍感だからですか」と聞いたら、「それもあるかもしんないけど」と大笑いされた。
「まぁ多分、女性の方が影響受けやすいんじゃないかなぁ。霊が憑いてるというより『念が残ってる』って感じなんだけど、そういうのは女性の方が感じやすい。それにこれは女性の持ち物だっただろうから、同性の方が思いを共有しやすいのかもね」
モノが手元を離れれば問題ないとの事だったので、ネックレスだけ供養してもらう事になった。
かくしてアフリカの遺品ネックレスは遥か極東の神社でお焚き上げ供養を受け、天へと還った。
輸入雑貨が持て囃される昨今だが、出処のはっきりしない物を買うという事のリスクを痛感した出来事だった。
【了】
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