あは。いっぱいします?
貧しくツラい環境の中でも健気に前向きに暮らす彼女と、その彼女を時には兄のように時には彼氏として温かく包み込むように支える主人公。次々におこる悲しい出来事を乗り越える度に2人の絆は深まっていき…、読んでいくと悲しくて、嬉しくて、涙が滲み出てくるお話しです。
Part1
41名前:名無しさん@ピンキー:[sage]投稿日2006/01/15(日)04:44:19ID:R5WzCLUz0
学生の時、アパートの隣に住んでたのが、
八畳一間に病気で寝たきりに近いお母さんと高齢のお婆さんと、中学生の娘さんという一家。
とにかくちっちゃくて痩せてて、ちゃんと食べてるのかなって感じの女の子。
けど明るくて、元気に挨拶とかしてくれて。なんとなく仲良くなった。
学校終わったら真っ直ぐ帰ってきて、お母さんお婆さんの身の回りのことやってた。
収入が生活保護しかない状態で、生活はかなり切りつめてる感じだった。
彼女の家、テレビはあったけど冷暖房の家電は無いし、電話も無かった。
制服以外の服二着しか持ってなかったし、いつも制服のスカートだった。
髪もシャンプー使わず石鹸だったみたいだし、自分で切ってた。
彼女の家の事知ると同情みたいな感情わいてきたけど、なるべく普通に接した。
だんだん親しくなると土日の休みとか俺の部屋に遊びに来るようになって、
宿題見たげたり一緒にゲームしたり、そんな時は笑ったりちょっと怒ったり、ホントにフツーの女の子だった。
けど、ある日バイトから帰ってみるとドアの前で待ってて「○日に絶対返すから千円かしてください」って。
何か様子が変だったから「どうしたの?」って聞いたら顔真っ赤にして、
「…生理始まっちゃったけど、ナプキン無くなっちゃったから…あは。」
聞いたこと物凄い後悔したし自分責めたよ…。
少しだけ続き書かせて貰います。
千円と言われたけど千円札が無いと言い張って五千円札押しつけた。
夜の八時くらいだったけど、多分コンビニ行ってすぐ戻ってきて、
「残りは○日まで待ってください」って、四千円返しに来た。
返さなくていいよ、なんて言える感じでもなくて。黙って頷いた。
お母さん達には内緒にって言われはしたけど、お母さんはやっぱり気がついてたみたいで。
次の日、体調よかったのか朝ゴミ出ししてるお母さん会った。
「…お世話になってしまって。」って、何度も何度も頭下げて。十八のガキだった俺に。
「俺も色々教えて持ってますから。お互い様ですよ。」
実際ゴミ出しとか分別とかやった事無くて、適当詰め込んで出してたら駄目出しされたりした。
全く知らない街なので銀行やらスーパーやらの場所も一通り教えて貰った。
友人知人の全くいない街だったので、彼女に教えて貰って凄く助かった。そんな事を話したと思う。
お母さんはやっと少し微笑んでくれて「また遊んでやって下さい」ってまた頭下げて。
立ち話してると、制服姿の彼女が鞄持って降りてきた。
「おはようございます!」って元気な挨拶してくれた。いつもの彼女だった。
「あれ、まだ早くない?」「今日、日直なんです。」短い会話かわして、送り出した。
「…よく笑うようになってくれたんですよ。」
お母さんが、嬉しそうに言って、また頭下げた。
貸した千円は、ちゃんと言った日に返ってきた。
「あは。ホント助かりました。」恥ずかしそうにそう言って、笑った。
あの一件以来は結構自分達の事もお互い話すようになって。
「学校慣れた?」と言う俺の問いかけに答えて「あんまり居場所無いです。」
不用意に聞いた俺に普通の口調で言った時は、またやっちゃったかと。結構へこんだ。
彼女がアパートに越してきたのは小六の夏頃で、慣れる前に中学上がってまたクラス替わって。
四月に中学行き始めてもお母さん体調悪い時期で、学校休んだり途中で帰ったりで。
周囲と打ち解けるタイミングを完全に逸して、浮いてる。それ聞いてまた、へこんで。
友達とか知り合いがいなくて、寂しくて俺と接するようになったんだろうと思った。
授業すんだら真っ直ぐ家帰ってきて、洗濯とか炊事とかこなして、暇出来たらドア叩いて。
頭悪いなりに勉強しようとして手当たり次第に乱読してたから文庫本がたくさんあった。
「続き読んでもいいですか?」って、静かに小説読んでる事が多くて。
持って帰っていいよと言っても、汚したら大変だしとか言って必ず俺の部屋で読む。
飲む物とかお菓子進めても、缶一本とか一袋とかじゃ遠慮して受け取らなくて、
ボトルあけたやつ分けるとか、封切ったやつ分けるとかしてやっと食べてくれて。
それきちんとお母さんお婆さんに報告するもんだから会うたびにお礼言われて、困った。
お返しにとお母さんに色々ご馳走になった。
タイ米のチャーハンってこんなに美味い物かと驚いて、レシピ聞いたけど普通の物で。
タイ米買ってきて暫くそればっかり作って食べてたけどどうしても近づけなくて、
彼女に聞いたら「私同じに作れないから、また食べに来てください。」って返事で。
いいのかな、って思いながらも何度も食べさせて貰った。
お礼言っても「娘がお世話になってますから。」いつもそう言ってくれて。
色々気にかけてくれてて。彼女通じて何やかやと教わることも多くて。
世話になりっぱなしの状態だった。
そのお母さんが最近ちょっと元気ないな、とか思っていた矢先の事。
俺と彼女が学校に行ってるとき、お母さんは動けなくなった。
学校の名前を覚えていたお婆さんが、俺にも電話してくれて。病院駆けつけて。
お婆さんは救急車を呼んだが、呼ぶかどうか迷って時間がたってしまったと、謝っていた。
多臓器不全。変化に気がつかない訳がない。何で放置したのか。
医者が、叫ぶように言った言葉。おもわず怒鳴りつけそうになった。
すいませんでした。」静かにそう言った彼女の方が、俺より大人だった。
即入院。集中治療。身内を呼んでおくように。医者はそう言っただけ。
完全に思考停止して。とにかく俺の手におえる事態じゃなくなって。
困り果てて、親父に電話をした。返事は「今から行く。」それだけ。
平日の昼に仕事抜けて、一時間ちょっと高速飛ばしてきてくれた親父。
お母さんとは、俺が入居したときの挨拶で会っただけの間柄。
「お世話になったんだろ。俺がお世話になったのと同じだ。」理由はそれだけ。
親父はまだ話が出来たお母さんと、二人で少し話して。硬い顔して出てきた。
お婆さんが限界っぽかったので、親父が送っていくことになった。
彼女は残ると言ったので、俺も残る事にした。
出来る事はないけど、彼女を一人には出来ないと、俺なりに思った。
薬とか点滴とかの影響で眠ってるお母さんのベット脇にあったイスに二人で座って。
じっとお母さんの顔見てる彼女の横で、俺が泣きそうで。必死で我慢した。
彼女が泣いてないのに泣くわけにはいかなかったから、なんとか我慢できた。
お母さんは、入院して三日目に亡くなった。あっけなかった。
享年三十四歳で。そんなに若かったのかと思うと、全然納得がいかなかった。
葬式の手配とか役所でやる手続きとか、そんな物もやらなくちゃならないけど、
お婆さんも混乱してて、俺も彼女も、やった事もなくて戸惑って。
また親父に電話をした。「そうか。」それだけ言って、また来てくれて。
半泣きで礼を言ったらビンタが飛んできた。「あの子の前でその面するなよ」と。
親父は、色々な事を一つ一つ処理していってくれた。頼もしかった。
葬式、火葬。現実味が無いまま淡々と進んでいって。
お骨になったお母さん見ても、まだ全然、これ何かの間違いだろって感じで。
お婆さんは、赤い目して口引き結んで。それでもしっかり背筋伸ばしてて。
彼女は涙をみせなかったけど、表情無くしてて。ずっと俺の手、痛いくらい握ってて。
時々、彼女に視線落とした俺と目があって。小さく頷いて。
全部の事が済むと、親父は俺達アパートに送って、仕事の為にすぐ帰って。
俺は一人、自分の部屋でただ座ってた。呆然と。頭が全然、動かなかった。
夜中になって、彼女がドア叩いた。Tシャツ、ジャージ姿。すぐ部屋に入れた。
彼女は着たままだった俺の喪服掴んで。それでもまだ笑顔作ってて。
「あは。やっぱ、おばーちゃんの前じゃ、泣いちゃ駄目かなって。」
ぼろぼろ、涙こぼして。顔、胸にくっつけて。
「お、お、おにーちゃんなら、ちょっとなら、許して、くれる、かな、って。」
やっと、声あげて泣いた。泣いてくれた。これで俺も泣いていいと思った。
結局俺のした事は、一緒に泣いた事。それだけ。情けなかった。
あの時以来、「お兄ちゃん」と呼ばれるようになった。
それまでは名字にさん付け。それがいきなり。
兄弟いないから呼ばれたこと無いし、相手は女の子だしで、気恥ずかしくて。
やめてと言った事もあったけど「ダメですか?」と言われると、ダメとは言えなくて。
お婆さんに言わせると「甘えたかろうから」と、そう言う事らしかった。
お婆さんは葬式以来、俺らに全く弱み見せなくてなって。何か気が張った感じで。
家の事を彼女にさせずに、全部自分がやるようになって、手伝おうとすると、追い払う。
内職まで始めて。組み立てとか、細かな手仕事。俺や彼女が手を出すと、怒る。
今思えば、一日中動いてる事で、あれこれ考える時間を減らしてたんだと思う。
平日は学校のあと、土日はバイトから帰って一息した頃に、必ず彼女がドア叩く。
話してたり、本読んでたり、たまにゲームしたり、やってる事は同じ。
ただ、時々ちょっと沈んだ感じで。言葉少なくなって。妙に距離が近くて。
やたらくっついてきたり、服とか腕とか持ったり掴まって離れなくなったり。
目が潤み始めたりすると、俺までそうなって。二人で我慢したり。しきれなかったり。
単に甘えてるだけって時もあって、くっついたり触れたりで俺の反応見てる感じで。
まぁいいかと言う感じで許してたら突然、膝に乗っかられた。かなり慌てた。
「こら。」「ちょっとだけ。」ちっちゃくて肉の薄い彼女。軽さに驚いた。
俺の胸に背中くっつけて。身体預けて。ぽつりと言った。
「…お父さんみたい。」「どういう意味?」つい、聞いた。
間を置いて「こんな感じだったのかなって思うんです。」そう答えて、微笑んで。
彼女にはお父さんの記憶が無い。言葉に詰まって。頭撫でて、ごまかした。
「あは。多分、こんな感じです。」くすぐったそうにしながらそう言った。
彼女はこの事もお婆さんに話していた。からかわれて、ちょっと困った。
夏休みに入ってからは俺はバイト。彼女はお婆さんの許しを得て内職の手伝い。
友達とかおかんとか、地元帰って来いと言う誘いもあったけど、帰らなかった。
彼女とお婆さんと、気になってしょうがなくて。
暑い盛りに、お母さんの四十九日。納骨に行く事になった。アパートから車で一時間半くらい。
親父の車に俺と親父と彼女とお婆さんとで、車酔いする彼女を気遣いながらゆっくり、
休み休みで無事にお寺ついて。納骨と供養。お母さんを、彼女のお父さんの隣に葬って。
「寂しくないですよね。お母さん。」そう聞いた彼女に、頷くしかできなかった。
お経の最中、彼女は俺の手握ってたけど、そんな強い力じゃなかった。
俺は俺で、お墓見るとやっと少し現実味を感じて、もう納得しなきゃいけないなと。
一段落と言うか区切り。気持ちの整理みたいな物をきちんとしないといけない。そう思った。
家帰ると、彼女は用事済むといつもさっさと帰ってしまう親父見送って、すぐ部屋来て。
俺のすぐ前で正座して。何かちょっとかしこまって。ぺこっと頭下げて。
「色々ありがとうございました。」「…色々は、親父の方。」
つい口に出た。彼女がちょっと困った顔になって、しまったと思った。
「えっと。じゃあ、一緒にいてくれて、ありがとうございました。」
ちょっと考えて言葉選んで言ってから、続けた。
「おばーちゃんの前じゃ、強がっちゃうから、思いっきりとか泣けなかったと思うし、
お兄ちゃんいてくれたから、頑張れたし。あは。いっぱい、甘えちゃったけど。」
彼女は照れくさそうにしながら、ちょっと小さな声で言った。
「また、甘えていいですか?」「うん。」「いっぱい?」
頷いたら「お願いします。」と言って、久しぶりに思いっきりの笑顔見せてくれて。
この子が笑ってくれるんならそれでいいや。そう思う事にした。
お母さんがいない生活にだんだん慣れて。慣れるしかなくて。
彼女とお婆さんも、少なくとも表面上はそう見えて。彼女も沈む事が少なくなっていって。
寒くなってくる頃にやっと、それなりの平穏と言うか普通の日々を取り戻しかけてたと思う。
お婆さんの内職は保護を受けてると働いた分全額は貰えなくて、そんなに収入は増えなくて。
けど彼女とお婆さんにとっては大きな額で、食費でギリギリな生活は脱してた感じ。
でもその年初めて息が白くなった日でも暖房とか使って無くて。と言うか、無くて。
学校帰ってきて内職中のお婆さんとこ顔出したら何か薄物を重ね着してて、寒そうで。
慣れてるとか言われても心配で、使ってなかった綿入りの半纏持っていった。
あげると言うと絶対に断るだろうから貸すと言って押しつけたら、喜んでくれて。
でも「あの子、やきもちやかないかね。」とか心配してて、実際そうなったみたいで。
帰ってきた彼女はいつも通りにドア叩いて、開いてるって言ったら黙って入ってきて。
すぐ俺の横来て、座ったと思ったら黙ってじーっ…とこっち見つめてて。
その目で暫く固まってたら、わしっ、と腕掴んで。ちょっと揺さぶられて。
「おばーちゃんにだけですか?」って口尖らせて。その表情がやたら子供っぽくて。
それまで年や背格好の割にはしっかりしてて大人びた印象だったから、ちょっと意外で。
「何か貸そうか?」って言ったら「これ。」って着てたパーカー引っ張られて。
「これ?」「うん。」「これでいいの?」「オレンジだもん。」物言いまで子供っぽくて。
「洗って貸すよ。」「今。すぐ。」せがまれて、その場で脱いで。すぐ着られて。
ガタイはそこそこある俺にも大きめのパーカー、よく着てた部屋着で、くたびれてたやつ。
彼女にはかなり大きくて、丈も長くてブカブカで。立つと膝くらいまで届いて。
袖に手入れたまま握って。体操座りで足すっぽり入れて。こっち見上げて。
「あは。やっぱり。」もたれかかってきて。「ん?」「あったかいです。」満足そうに笑って。
とにかく可愛くて。彼女が笑ってると安心してしまう自分に気付いた。
十二月に入ってすぐ。「冬休み、どうするんですか?」彼女におずおずと聞かれて。
反射的に「忙しいから帰らない。」とか適当言って、年末年始も家に帰らない事に決めた。
結局バイト三昧。おかんも婆ちゃんも、親父に聞いて事情を知ってたので、
帰らないと伝えても特にコメントは無く。何か送っとくから、と言うだけだった。
餅とか種々の食材とか実家では冬一番の御馳走な鴨とか、多量に送られてきて。
お裾分けしろと言う事だろうなと理解して、彼女に「鍋やろ」って言って。
二人で土鍋とコンロ買いに行ったホームセンターで、クラスの女の子と出くわして。
「あー、いらっしゃいませ。」「バイト?」「うん。詳しい事は明日聞くから。」
非常に面倒な事になったと思いながら、買い物済ませて帰って。彼女とお婆さんと鍋やって。
暑いくらいに体の温まる鴨、彼女もお婆さんも驚いたみたいで、喜んでくれて。嬉しくて。
残った汁保存する為にさましてたら、パーカー着た彼女が横に来て、足入れて座って。
何か妙に近くて。彼女の髪の匂いで鼻くすぐられるのを、その時初めて意識したと思う。
「あのー。今日会った人って。」「学校の友達。」「ただの友達?」「ただの友達。」
「じゃ、詳しい事ってなんですか?」「俺との関係みたいな事じゃないの。」
「あ。私ですか?」「説明、しにくいな。」「ですよね。」「何て言っとこう。」
「あは。カノジョじゃダメですか?」視線向けると、ほてった顔して笑う彼女がいて。
「で、いいの?」冷静装って聞いたら「え、いいんですか?」って、ちょっと驚いてて。
「いいよ。」「お、お願いします。」そんな事になってしまって。かなり、うろたえた。
彼女はかなり昂揚した感じで。それ抑えたつもりか、囁くような声で、妙な事言いだして。
「あ、えっ、でも、カノジョっぽい事とか、ゼンゼンわかんないんですけど、いいですか?」
「カノジョっぽい事って?」意味合いが微妙そうで聞いたら、かぁっと耳まで真っ赤になって。
ぺしぺし肩叩かれて。フードかぶって。膝抱いた腕におでこくっつけてその顔隠して。
「おばーちゃんにはナイショですよ。」「内緒なんだ。」「絶っ…対ですよ。」「うん。」
時々顔あげて「赤いですか?」って聞いて。なかなか冷めなくて。ちょっと帰りが遅くなった。
次の日登校してみたらクラスの三割くらいが尋問態勢だった。普通にカノジョだと答えた。
「えー、潔すぎてつまんない。」「否定しねぇといじれねぇじゃん。」勝手な連中だと思った。
『カノジョ』と言う事になったとは言え、俺と彼女に急な変化がある訳ではなくて。
とりあえず一緒にいて、同じ時間過ごしてた感じ。それまでと何ら変わらなくて。
彼女が宿題持ってきて、一緒にやってたりで。一人っ子だからそんな経験無くて、新鮮で。
俺は十二月半ばに冬休み入って、彼女はクリスマス直前から冬休みに入る。
夏に彼女が誕生日迎えた時はそれどころでは無くて、今回は何かプレゼントでもと考えて。
「欲しがってる物とかありますか?」ってお婆さんに聞いたら「着る物かねぇ。」って答えで。
じゃあそれで、みたいな事言ったら「そんな世話になっていいのかねぇ。」って心配されて。
「いいんじゃないっすか、クリスマスなんだし。」とか訳の分からない事、言った気がする。
でもいざ買うとなると俺一人で買いには行けなくて。クラスの女の子達に助け求めて。
「一緒に買いに行かないの?」「それだと多分、遠慮するから。」泣き入れて。頭下げて。
昼おごらされて。彼女の事聞かれて。動揺しまくって。からかわれて。反論して墓穴掘って。
いかついとか怖そうとか、そう思われてたらしい俺のキャラは、その時完全に壊れた。
結局、普通に着られる感じの物って事でいくつか選んで貰って、俺が最終的に決めて。
ハーフコートとフリースとジーンズとで、たしか四万くらい。安い方、だったらしい。
買って帰って。押入に隠して。彼女が押入開けたりする事は無いんだけど、近づくと警戒したりで。
クリスマスイブにはお婆さんがケーキ買ってくれてて、三人して食べて。
タイミングとか考えるのも面倒だったんで、その時彼女に普通に「これ。」って渡した。
「いいんですか?」「うん。」「ありがとうございます。」そんなあっさりした反応で。
部屋帰って少し時間があって。外したっぽい。そんな風に考え出した頃にドア叩いて。
ドア開けたら、雪舞ってる中に上気した顔の彼女がいて。全部、着てくれてて。
身長大体このくらい、で決めたサイズ、ちょっと大きめで。それが可愛くて。顔緩んだ。
彼女の髪に乗った雪払って。「気に入った?」聞いたら何度も頷いてくれて。やっと安心して。
部屋でコート脱いで、オレンジのフリースとジーンズ姿になった彼女。微妙に照れてて。
「どしたの?」「こういうの、初めてだから。何か。」はにかんで、視線落として。
「クリスマスとかも、久しぶりだから。」ちょっと湿った声になって、慌てた。
頭に手乗っけて。「泣くなー。」先に言って。でもちょっと涙流れた頬、親指で払って。
「泣くの禁止。」「嬉しいからだもん。」「それでも禁止。」「…はい。」無理矢理言わせて。
よし。とばかりに髪撫でてたら、飛びつかれて。不意突かれて、受け止めたけど、よろけて。
抱き締められて。「あは。もう少し。」が何度もあって。なかなか離れてくれなくて、困った。
お婆さんにも、一日遅れですいませんと言って、フリースと膝掛けを渡した。
「私にまでかい?」「クリスマスですから。」笑って受け取ってくれて。喜んでくれた。
お互い名前で呼んだ事が殆ど無いので、文章にすると何度も名前書かなきゃで、
違和感があるというか、何か恥ずかしいというか。とりあえずこのままで。
平成十一年です。七年前ですね。
年明けからの俺は、毎日必死だった。施設実習が始まったから。
医療系専門学校の介護福祉科。ボランティアでの単位取得と実習の連続で。
一月中頃から二週間のボランティア。そしてその直後、二月の初旬に後期の定期試験。
解らない事だらけの現場。頭に入らない試験勉強。かなりきつい状態で。
受け入れ先は精神科の専門病院で。隔離棟入ると、身の危険感じるような状況もあって。
人間相手の事だから、腹立ったり、いらつく事もあって。切れかかったりって事もあって。
でも彼女の前で辛さや怒りを見せる訳にはいかなくて。家帰るまでに、何とか顔を元に戻して。
家帰って彼女が来てくれて。「お帰りなさい。」その一言でやっと、和んで。緩んで。
実習記録の整理してると、少し距離おいて、お互いの視界に入る所に座ってて。
壁もたれて、小説とか読んでて。ふと顔上げると、目があったりで。多分、様子伺ってて。
記録の整理して。試験勉強して。一段落。ノート閉じたら、近寄ってきて。横座って。
話したり。話さなかったり。ぼー…っとテレビ見てたり。特に何するでなく時間が過ぎて。
そんな何でもない時間が俺には大事な時間で。その時間を彼女が作ってくれてて。
おかげで実習何とか乗り切って、試験の結果も出て。何とか踏みとどまる。そんな感じで。
進級が確定した時は、虚脱して。「大丈夫ですか?」「大丈夫ですよね?」何度も聞かれて。
「大丈夫。」何度も答えて。結局心配掛けてるなと、微妙にへこんだ。
けどとりあえずの不安が去って、補修も無いし出席も足りてるしで気楽に学校も行けて。
ちょっと抜けた感じの生活。俺は朝一の講義を取る必要が無くて、夜更かししてた。
いつもは十時くらいには帰る彼女が、その日は帰らなくて。横で静かに本読み続けてて。
ちょっと眠そうにしながら、時々、時計気にして。十二時回ったところで、立った。
「あ、帰る?」「まだ。」壁に掛けてあったコートから何か、引っ張り出して。横、来て。
「はい。」「何?」「チョコ。」「え?」「十四日になったから。」「え?」
青い包装紙の箱受け取ってもまだ、合点がいかなくて。時計指さされて。確認して。
「二月十四日。」「あ。」やっと理解して。ちょっと何か、固まって。
「カノジョですから。」貰っていいの、とか聞く前に自分で言って。笑って。
「これで私が一番、先。」「一番?」「お兄ちゃんが誰かに貰うかも知れないから。」
「これ、後先って関係ある?」「あは。なんかやだから。」また、笑って。
彼女がそう思うならそうなのかなと思って。「ありがと。」どうにかお礼言って。
「ちゃんとお返しするから。」そう言ったけどちょっと首振って。
「聞いてもいいですか?」「何?」「答えてくれますか?」「だから、何?」
「答えてくれるんなら、聞きます。」「答える。」「じゃ、聞きます。」
ちょっと間置いて。「私の事、好きですか?」探るように、聞かれて。
「…うん、好き、だし、大切。」急激に乾いた喉からやっと声絞り出して。大きく息吐いて。
何も言わずに、肩に頭、乗っけてきて。手、探られて。握って。汗ばんだ手が凄く暖かで。
お互い言葉出なくて。何時だったか忘れたけど彼女の「あ。寝なきゃ。」って声に頷いて。
彼女が部屋の中入るまで見送って。部屋で一人、チョコの箱見てて。開けられなくて。
冷蔵庫にしまい込んで。色々考え初めて。頭グツグツ煮えて。殆ど寝られず学校行って。
学校の女の子は俺にはカノジョがいると知ってたので、彼女が心配したような事は無かった。
その時貰ったチョコは何か勿体なくて、食べられなくて。封も切れなくて。
何日か冷蔵庫でご本尊のような扱いを受けていたのを学校から帰った彼女に発見されて。
怒って珍しく大声で「何で!!」そう言ったきり部屋の隅座って、涙目になって。
慌てて謝りながら彼女の目の前で食べて。その後も無視られながらの弁解に必死で。
視線くれるのにもかなり時間かかって。口開いてくれたのは十時回った頃で。
「マジ何でもするから、許して。」「…何でも?」「出来る事なら。」「本当にですか?」
「する。するから。」「じゃ、もう一回聞きますから答えてください。」「え?」
「私の事、好きですか?」まだ責めるような目で。一瞬躊躇したけど同じに答えて。
「…好き。だし、大切。」その一言で彼女は頷いて、やっと顔緩めてくれて。
「あは。安心しました。」その笑顔でまた、とんでもなく悪い事をしたような気分になって。
思わず謝ったら「もう許してます。」そう言って、立って横来て。腕持って。
「また今度聞きます。」「え?」「言って貰ったら嬉しいから。」ちょっと顔ほてらせて。
頷いたら、やたら嬉しそうに笑って。またその顔で自分が悪い事した気分になった。
いらないとは言われたけど、ホワイトデーには一応、クッキーを渡した。
彼女は「食べなかったら怒りますよね?」そんな事言って。悪戯っぽく笑って。
「何でもするって言うまで許さない。」そう答えたら「あは。ちょっと怖い。」
何が怖いのか聞こうかと思ったけど、既にちょっと赤かったから、やめた。
学生の時、アパートの隣に住んでたのが、
八畳一間に病気で寝たきりに近いお母さんと高齢のお婆さんと、中学生の娘さんという一家。
とにかくちっちゃくて痩せてて、ちゃんと食べてるのかなって感じの女の子。
けど明るくて、元気に挨拶とかしてくれて。なんとなく仲良くなった。
学校終わったら真っ直ぐ帰ってきて、お母さんお婆さんの身の回りのことやってた。
収入が生活保護しかない状態で、生活はかなり切りつめてる感じだった。
彼女の家、テレビはあったけど冷暖房の家電は無いし、電話も無かった。
制服以外の服二着しか持ってなかったし、いつも制服のスカートだった。
髪もシャンプー使わず石鹸だったみたいだし、自分で切ってた。
彼女の家の事知ると同情みたいな感情わいてきたけど、なるべく普通に接した。
だんだん親しくなると土日の休みとか俺の部屋に遊びに来るようになって、
宿題見たげたり一緒にゲームしたり、そんな時は笑ったりちょっと怒ったり、ホントにフツーの女の子だった。
けど、ある日バイトから帰ってみるとドアの前で待ってて「○日に絶対返すから千円かしてください」って。
何か様子が変だったから「どうしたの?」って聞いたら顔真っ赤にして、
「…生理始まっちゃったけど、ナプキン無くなっちゃったから…あは。」
聞いたこと物凄い後悔したし自分責めたよ…。
少しだけ続き書かせて貰います。
千円と言われたけど千円札が無いと言い張って五千円札押しつけた。
夜の八時くらいだったけど、多分コンビニ行ってすぐ戻ってきて、
「残りは○日まで待ってください」って、四千円返しに来た。
返さなくていいよ、なんて言える感じでもなくて。黙って頷いた。
お母さん達には内緒にって言われはしたけど、お母さんはやっぱり気がついてたみたいで。
次の日、体調よかったのか朝ゴミ出ししてるお母さん会った。
「…お世話になってしまって。」って、何度も何度も頭下げて。十八のガキだった俺に。
「俺も色々教えて持ってますから。お互い様ですよ。」
実際ゴミ出しとか分別とかやった事無くて、適当詰め込んで出してたら駄目出しされたりした。
全く知らない街なので銀行やらスーパーやらの場所も一通り教えて貰った。
友人知人の全くいない街だったので、彼女に教えて貰って凄く助かった。そんな事を話したと思う。
お母さんはやっと少し微笑んでくれて「また遊んでやって下さい」ってまた頭下げて。
立ち話してると、制服姿の彼女が鞄持って降りてきた。
「おはようございます!」って元気な挨拶してくれた。いつもの彼女だった。
「あれ、まだ早くない?」「今日、日直なんです。」短い会話かわして、送り出した。
「…よく笑うようになってくれたんですよ。」
お母さんが、嬉しそうに言って、また頭下げた。
貸した千円は、ちゃんと言った日に返ってきた。
「あは。ホント助かりました。」恥ずかしそうにそう言って、笑った。
あの一件以来は結構自分達の事もお互い話すようになって。
「学校慣れた?」と言う俺の問いかけに答えて「あんまり居場所無いです。」
不用意に聞いた俺に普通の口調で言った時は、またやっちゃったかと。結構へこんだ。
彼女がアパートに越してきたのは小六の夏頃で、慣れる前に中学上がってまたクラス替わって。
四月に中学行き始めてもお母さん体調悪い時期で、学校休んだり途中で帰ったりで。
周囲と打ち解けるタイミングを完全に逸して、浮いてる。それ聞いてまた、へこんで。
友達とか知り合いがいなくて、寂しくて俺と接するようになったんだろうと思った。
授業すんだら真っ直ぐ家帰ってきて、洗濯とか炊事とかこなして、暇出来たらドア叩いて。
頭悪いなりに勉強しようとして手当たり次第に乱読してたから文庫本がたくさんあった。
「続き読んでもいいですか?」って、静かに小説読んでる事が多くて。
持って帰っていいよと言っても、汚したら大変だしとか言って必ず俺の部屋で読む。
飲む物とかお菓子進めても、缶一本とか一袋とかじゃ遠慮して受け取らなくて、
ボトルあけたやつ分けるとか、封切ったやつ分けるとかしてやっと食べてくれて。
それきちんとお母さんお婆さんに報告するもんだから会うたびにお礼言われて、困った。
お返しにとお母さんに色々ご馳走になった。
タイ米のチャーハンってこんなに美味い物かと驚いて、レシピ聞いたけど普通の物で。
タイ米買ってきて暫くそればっかり作って食べてたけどどうしても近づけなくて、
彼女に聞いたら「私同じに作れないから、また食べに来てください。」って返事で。
いいのかな、って思いながらも何度も食べさせて貰った。
お礼言っても「娘がお世話になってますから。」いつもそう言ってくれて。
色々気にかけてくれてて。彼女通じて何やかやと教わることも多くて。
世話になりっぱなしの状態だった。
そのお母さんが最近ちょっと元気ないな、とか思っていた矢先の事。
俺と彼女が学校に行ってるとき、お母さんは動けなくなった。
学校の名前を覚えていたお婆さんが、俺にも電話してくれて。病院駆けつけて。
お婆さんは救急車を呼んだが、呼ぶかどうか迷って時間がたってしまったと、謝っていた。
多臓器不全。変化に気がつかない訳がない。何で放置したのか。
医者が、叫ぶように言った言葉。おもわず怒鳴りつけそうになった。
すいませんでした。」静かにそう言った彼女の方が、俺より大人だった。
即入院。集中治療。身内を呼んでおくように。医者はそう言っただけ。
完全に思考停止して。とにかく俺の手におえる事態じゃなくなって。
困り果てて、親父に電話をした。返事は「今から行く。」それだけ。
平日の昼に仕事抜けて、一時間ちょっと高速飛ばしてきてくれた親父。
お母さんとは、俺が入居したときの挨拶で会っただけの間柄。
「お世話になったんだろ。俺がお世話になったのと同じだ。」理由はそれだけ。
親父はまだ話が出来たお母さんと、二人で少し話して。硬い顔して出てきた。
お婆さんが限界っぽかったので、親父が送っていくことになった。
彼女は残ると言ったので、俺も残る事にした。
出来る事はないけど、彼女を一人には出来ないと、俺なりに思った。
薬とか点滴とかの影響で眠ってるお母さんのベット脇にあったイスに二人で座って。
じっとお母さんの顔見てる彼女の横で、俺が泣きそうで。必死で我慢した。
彼女が泣いてないのに泣くわけにはいかなかったから、なんとか我慢できた。
お母さんは、入院して三日目に亡くなった。あっけなかった。
享年三十四歳で。そんなに若かったのかと思うと、全然納得がいかなかった。
葬式の手配とか役所でやる手続きとか、そんな物もやらなくちゃならないけど、
お婆さんも混乱してて、俺も彼女も、やった事もなくて戸惑って。
また親父に電話をした。「そうか。」それだけ言って、また来てくれて。
半泣きで礼を言ったらビンタが飛んできた。「あの子の前でその面するなよ」と。
親父は、色々な事を一つ一つ処理していってくれた。頼もしかった。
葬式、火葬。現実味が無いまま淡々と進んでいって。
お骨になったお母さん見ても、まだ全然、これ何かの間違いだろって感じで。
お婆さんは、赤い目して口引き結んで。それでもしっかり背筋伸ばしてて。
彼女は涙をみせなかったけど、表情無くしてて。ずっと俺の手、痛いくらい握ってて。
時々、彼女に視線落とした俺と目があって。小さく頷いて。
全部の事が済むと、親父は俺達アパートに送って、仕事の為にすぐ帰って。
俺は一人、自分の部屋でただ座ってた。呆然と。頭が全然、動かなかった。
夜中になって、彼女がドア叩いた。Tシャツ、ジャージ姿。すぐ部屋に入れた。
彼女は着たままだった俺の喪服掴んで。それでもまだ笑顔作ってて。
「あは。やっぱ、おばーちゃんの前じゃ、泣いちゃ駄目かなって。」
ぼろぼろ、涙こぼして。顔、胸にくっつけて。
「お、お、おにーちゃんなら、ちょっとなら、許して、くれる、かな、って。」
やっと、声あげて泣いた。泣いてくれた。これで俺も泣いていいと思った。
結局俺のした事は、一緒に泣いた事。それだけ。情けなかった。
あの時以来、「お兄ちゃん」と呼ばれるようになった。
それまでは名字にさん付け。それがいきなり。
兄弟いないから呼ばれたこと無いし、相手は女の子だしで、気恥ずかしくて。
やめてと言った事もあったけど「ダメですか?」と言われると、ダメとは言えなくて。
お婆さんに言わせると「甘えたかろうから」と、そう言う事らしかった。
お婆さんは葬式以来、俺らに全く弱み見せなくてなって。何か気が張った感じで。
家の事を彼女にさせずに、全部自分がやるようになって、手伝おうとすると、追い払う。
内職まで始めて。組み立てとか、細かな手仕事。俺や彼女が手を出すと、怒る。
今思えば、一日中動いてる事で、あれこれ考える時間を減らしてたんだと思う。
平日は学校のあと、土日はバイトから帰って一息した頃に、必ず彼女がドア叩く。
話してたり、本読んでたり、たまにゲームしたり、やってる事は同じ。
ただ、時々ちょっと沈んだ感じで。言葉少なくなって。妙に距離が近くて。
やたらくっついてきたり、服とか腕とか持ったり掴まって離れなくなったり。
目が潤み始めたりすると、俺までそうなって。二人で我慢したり。しきれなかったり。
単に甘えてるだけって時もあって、くっついたり触れたりで俺の反応見てる感じで。
まぁいいかと言う感じで許してたら突然、膝に乗っかられた。かなり慌てた。
「こら。」「ちょっとだけ。」ちっちゃくて肉の薄い彼女。軽さに驚いた。
俺の胸に背中くっつけて。身体預けて。ぽつりと言った。
「…お父さんみたい。」「どういう意味?」つい、聞いた。
間を置いて「こんな感じだったのかなって思うんです。」そう答えて、微笑んで。
彼女にはお父さんの記憶が無い。言葉に詰まって。頭撫でて、ごまかした。
「あは。多分、こんな感じです。」くすぐったそうにしながらそう言った。
彼女はこの事もお婆さんに話していた。からかわれて、ちょっと困った。
夏休みに入ってからは俺はバイト。彼女はお婆さんの許しを得て内職の手伝い。
友達とかおかんとか、地元帰って来いと言う誘いもあったけど、帰らなかった。
彼女とお婆さんと、気になってしょうがなくて。
暑い盛りに、お母さんの四十九日。納骨に行く事になった。アパートから車で一時間半くらい。
親父の車に俺と親父と彼女とお婆さんとで、車酔いする彼女を気遣いながらゆっくり、
休み休みで無事にお寺ついて。納骨と供養。お母さんを、彼女のお父さんの隣に葬って。
「寂しくないですよね。お母さん。」そう聞いた彼女に、頷くしかできなかった。
お経の最中、彼女は俺の手握ってたけど、そんな強い力じゃなかった。
俺は俺で、お墓見るとやっと少し現実味を感じて、もう納得しなきゃいけないなと。
一段落と言うか区切り。気持ちの整理みたいな物をきちんとしないといけない。そう思った。
家帰ると、彼女は用事済むといつもさっさと帰ってしまう親父見送って、すぐ部屋来て。
俺のすぐ前で正座して。何かちょっとかしこまって。ぺこっと頭下げて。
「色々ありがとうございました。」「…色々は、親父の方。」
つい口に出た。彼女がちょっと困った顔になって、しまったと思った。
「えっと。じゃあ、一緒にいてくれて、ありがとうございました。」
ちょっと考えて言葉選んで言ってから、続けた。
「おばーちゃんの前じゃ、強がっちゃうから、思いっきりとか泣けなかったと思うし、
お兄ちゃんいてくれたから、頑張れたし。あは。いっぱい、甘えちゃったけど。」
彼女は照れくさそうにしながら、ちょっと小さな声で言った。
「また、甘えていいですか?」「うん。」「いっぱい?」
頷いたら「お願いします。」と言って、久しぶりに思いっきりの笑顔見せてくれて。
この子が笑ってくれるんならそれでいいや。そう思う事にした。
お母さんがいない生活にだんだん慣れて。慣れるしかなくて。
彼女とお婆さんも、少なくとも表面上はそう見えて。彼女も沈む事が少なくなっていって。
寒くなってくる頃にやっと、それなりの平穏と言うか普通の日々を取り戻しかけてたと思う。
お婆さんの内職は保護を受けてると働いた分全額は貰えなくて、そんなに収入は増えなくて。
けど彼女とお婆さんにとっては大きな額で、食費でギリギリな生活は脱してた感じ。
でもその年初めて息が白くなった日でも暖房とか使って無くて。と言うか、無くて。
学校帰ってきて内職中のお婆さんとこ顔出したら何か薄物を重ね着してて、寒そうで。
慣れてるとか言われても心配で、使ってなかった綿入りの半纏持っていった。
あげると言うと絶対に断るだろうから貸すと言って押しつけたら、喜んでくれて。
でも「あの子、やきもちやかないかね。」とか心配してて、実際そうなったみたいで。
帰ってきた彼女はいつも通りにドア叩いて、開いてるって言ったら黙って入ってきて。
すぐ俺の横来て、座ったと思ったら黙ってじーっ…とこっち見つめてて。
その目で暫く固まってたら、わしっ、と腕掴んで。ちょっと揺さぶられて。
「おばーちゃんにだけですか?」って口尖らせて。その表情がやたら子供っぽくて。
それまで年や背格好の割にはしっかりしてて大人びた印象だったから、ちょっと意外で。
「何か貸そうか?」って言ったら「これ。」って着てたパーカー引っ張られて。
「これ?」「うん。」「これでいいの?」「オレンジだもん。」物言いまで子供っぽくて。
「洗って貸すよ。」「今。すぐ。」せがまれて、その場で脱いで。すぐ着られて。
ガタイはそこそこある俺にも大きめのパーカー、よく着てた部屋着で、くたびれてたやつ。
彼女にはかなり大きくて、丈も長くてブカブカで。立つと膝くらいまで届いて。
袖に手入れたまま握って。体操座りで足すっぽり入れて。こっち見上げて。
「あは。やっぱり。」もたれかかってきて。「ん?」「あったかいです。」満足そうに笑って。
とにかく可愛くて。彼女が笑ってると安心してしまう自分に気付いた。
十二月に入ってすぐ。「冬休み、どうするんですか?」彼女におずおずと聞かれて。
反射的に「忙しいから帰らない。」とか適当言って、年末年始も家に帰らない事に決めた。
結局バイト三昧。おかんも婆ちゃんも、親父に聞いて事情を知ってたので、
帰らないと伝えても特にコメントは無く。何か送っとくから、と言うだけだった。
餅とか種々の食材とか実家では冬一番の御馳走な鴨とか、多量に送られてきて。
お裾分けしろと言う事だろうなと理解して、彼女に「鍋やろ」って言って。
二人で土鍋とコンロ買いに行ったホームセンターで、クラスの女の子と出くわして。
「あー、いらっしゃいませ。」「バイト?」「うん。詳しい事は明日聞くから。」
非常に面倒な事になったと思いながら、買い物済ませて帰って。彼女とお婆さんと鍋やって。
暑いくらいに体の温まる鴨、彼女もお婆さんも驚いたみたいで、喜んでくれて。嬉しくて。
残った汁保存する為にさましてたら、パーカー着た彼女が横に来て、足入れて座って。
何か妙に近くて。彼女の髪の匂いで鼻くすぐられるのを、その時初めて意識したと思う。
「あのー。今日会った人って。」「学校の友達。」「ただの友達?」「ただの友達。」
「じゃ、詳しい事ってなんですか?」「俺との関係みたいな事じゃないの。」
「あ。私ですか?」「説明、しにくいな。」「ですよね。」「何て言っとこう。」
「あは。カノジョじゃダメですか?」視線向けると、ほてった顔して笑う彼女がいて。
「で、いいの?」冷静装って聞いたら「え、いいんですか?」って、ちょっと驚いてて。
「いいよ。」「お、お願いします。」そんな事になってしまって。かなり、うろたえた。
彼女はかなり昂揚した感じで。それ抑えたつもりか、囁くような声で、妙な事言いだして。
「あ、えっ、でも、カノジョっぽい事とか、ゼンゼンわかんないんですけど、いいですか?」
「カノジョっぽい事って?」意味合いが微妙そうで聞いたら、かぁっと耳まで真っ赤になって。
ぺしぺし肩叩かれて。フードかぶって。膝抱いた腕におでこくっつけてその顔隠して。
「おばーちゃんにはナイショですよ。」「内緒なんだ。」「絶っ…対ですよ。」「うん。」
時々顔あげて「赤いですか?」って聞いて。なかなか冷めなくて。ちょっと帰りが遅くなった。
次の日登校してみたらクラスの三割くらいが尋問態勢だった。普通にカノジョだと答えた。
「えー、潔すぎてつまんない。」「否定しねぇといじれねぇじゃん。」勝手な連中だと思った。
『カノジョ』と言う事になったとは言え、俺と彼女に急な変化がある訳ではなくて。
とりあえず一緒にいて、同じ時間過ごしてた感じ。それまでと何ら変わらなくて。
彼女が宿題持ってきて、一緒にやってたりで。一人っ子だからそんな経験無くて、新鮮で。
俺は十二月半ばに冬休み入って、彼女はクリスマス直前から冬休みに入る。
夏に彼女が誕生日迎えた時はそれどころでは無くて、今回は何かプレゼントでもと考えて。
「欲しがってる物とかありますか?」ってお婆さんに聞いたら「着る物かねぇ。」って答えで。
じゃあそれで、みたいな事言ったら「そんな世話になっていいのかねぇ。」って心配されて。
「いいんじゃないっすか、クリスマスなんだし。」とか訳の分からない事、言った気がする。
でもいざ買うとなると俺一人で買いには行けなくて。クラスの女の子達に助け求めて。
「一緒に買いに行かないの?」「それだと多分、遠慮するから。」泣き入れて。頭下げて。
昼おごらされて。彼女の事聞かれて。動揺しまくって。からかわれて。反論して墓穴掘って。
いかついとか怖そうとか、そう思われてたらしい俺のキャラは、その時完全に壊れた。
結局、普通に着られる感じの物って事でいくつか選んで貰って、俺が最終的に決めて。
ハーフコートとフリースとジーンズとで、たしか四万くらい。安い方、だったらしい。
買って帰って。押入に隠して。彼女が押入開けたりする事は無いんだけど、近づくと警戒したりで。
クリスマスイブにはお婆さんがケーキ買ってくれてて、三人して食べて。
タイミングとか考えるのも面倒だったんで、その時彼女に普通に「これ。」って渡した。
「いいんですか?」「うん。」「ありがとうございます。」そんなあっさりした反応で。
部屋帰って少し時間があって。外したっぽい。そんな風に考え出した頃にドア叩いて。
ドア開けたら、雪舞ってる中に上気した顔の彼女がいて。全部、着てくれてて。
身長大体このくらい、で決めたサイズ、ちょっと大きめで。それが可愛くて。顔緩んだ。
彼女の髪に乗った雪払って。「気に入った?」聞いたら何度も頷いてくれて。やっと安心して。
部屋でコート脱いで、オレンジのフリースとジーンズ姿になった彼女。微妙に照れてて。
「どしたの?」「こういうの、初めてだから。何か。」はにかんで、視線落として。
「クリスマスとかも、久しぶりだから。」ちょっと湿った声になって、慌てた。
頭に手乗っけて。「泣くなー。」先に言って。でもちょっと涙流れた頬、親指で払って。
「泣くの禁止。」「嬉しいからだもん。」「それでも禁止。」「…はい。」無理矢理言わせて。
よし。とばかりに髪撫でてたら、飛びつかれて。不意突かれて、受け止めたけど、よろけて。
抱き締められて。「あは。もう少し。」が何度もあって。なかなか離れてくれなくて、困った。
お婆さんにも、一日遅れですいませんと言って、フリースと膝掛けを渡した。
「私にまでかい?」「クリスマスですから。」笑って受け取ってくれて。喜んでくれた。
お互い名前で呼んだ事が殆ど無いので、文章にすると何度も名前書かなきゃで、
違和感があるというか、何か恥ずかしいというか。とりあえずこのままで。
平成十一年です。七年前ですね。
年明けからの俺は、毎日必死だった。施設実習が始まったから。
医療系専門学校の介護福祉科。ボランティアでの単位取得と実習の連続で。
一月中頃から二週間のボランティア。そしてその直後、二月の初旬に後期の定期試験。
解らない事だらけの現場。頭に入らない試験勉強。かなりきつい状態で。
受け入れ先は精神科の専門病院で。隔離棟入ると、身の危険感じるような状況もあって。
人間相手の事だから、腹立ったり、いらつく事もあって。切れかかったりって事もあって。
でも彼女の前で辛さや怒りを見せる訳にはいかなくて。家帰るまでに、何とか顔を元に戻して。
家帰って彼女が来てくれて。「お帰りなさい。」その一言でやっと、和んで。緩んで。
実習記録の整理してると、少し距離おいて、お互いの視界に入る所に座ってて。
壁もたれて、小説とか読んでて。ふと顔上げると、目があったりで。多分、様子伺ってて。
記録の整理して。試験勉強して。一段落。ノート閉じたら、近寄ってきて。横座って。
話したり。話さなかったり。ぼー…っとテレビ見てたり。特に何するでなく時間が過ぎて。
そんな何でもない時間が俺には大事な時間で。その時間を彼女が作ってくれてて。
おかげで実習何とか乗り切って、試験の結果も出て。何とか踏みとどまる。そんな感じで。
進級が確定した時は、虚脱して。「大丈夫ですか?」「大丈夫ですよね?」何度も聞かれて。
「大丈夫。」何度も答えて。結局心配掛けてるなと、微妙にへこんだ。
けどとりあえずの不安が去って、補修も無いし出席も足りてるしで気楽に学校も行けて。
ちょっと抜けた感じの生活。俺は朝一の講義を取る必要が無くて、夜更かししてた。
いつもは十時くらいには帰る彼女が、その日は帰らなくて。横で静かに本読み続けてて。
ちょっと眠そうにしながら、時々、時計気にして。十二時回ったところで、立った。
「あ、帰る?」「まだ。」壁に掛けてあったコートから何か、引っ張り出して。横、来て。
「はい。」「何?」「チョコ。」「え?」「十四日になったから。」「え?」
青い包装紙の箱受け取ってもまだ、合点がいかなくて。時計指さされて。確認して。
「二月十四日。」「あ。」やっと理解して。ちょっと何か、固まって。
「カノジョですから。」貰っていいの、とか聞く前に自分で言って。笑って。
「これで私が一番、先。」「一番?」「お兄ちゃんが誰かに貰うかも知れないから。」
「これ、後先って関係ある?」「あは。なんかやだから。」また、笑って。
彼女がそう思うならそうなのかなと思って。「ありがと。」どうにかお礼言って。
「ちゃんとお返しするから。」そう言ったけどちょっと首振って。
「聞いてもいいですか?」「何?」「答えてくれますか?」「だから、何?」
「答えてくれるんなら、聞きます。」「答える。」「じゃ、聞きます。」
ちょっと間置いて。「私の事、好きですか?」探るように、聞かれて。
「…うん、好き、だし、大切。」急激に乾いた喉からやっと声絞り出して。大きく息吐いて。
何も言わずに、肩に頭、乗っけてきて。手、探られて。握って。汗ばんだ手が凄く暖かで。
お互い言葉出なくて。何時だったか忘れたけど彼女の「あ。寝なきゃ。」って声に頷いて。
彼女が部屋の中入るまで見送って。部屋で一人、チョコの箱見てて。開けられなくて。
冷蔵庫にしまい込んで。色々考え初めて。頭グツグツ煮えて。殆ど寝られず学校行って。
学校の女の子は俺にはカノジョがいると知ってたので、彼女が心配したような事は無かった。
その時貰ったチョコは何か勿体なくて、食べられなくて。封も切れなくて。
何日か冷蔵庫でご本尊のような扱いを受けていたのを学校から帰った彼女に発見されて。
怒って珍しく大声で「何で!!」そう言ったきり部屋の隅座って、涙目になって。
慌てて謝りながら彼女の目の前で食べて。その後も無視られながらの弁解に必死で。
視線くれるのにもかなり時間かかって。口開いてくれたのは十時回った頃で。
「マジ何でもするから、許して。」「…何でも?」「出来る事なら。」「本当にですか?」
「する。するから。」「じゃ、もう一回聞きますから答えてください。」「え?」
「私の事、好きですか?」まだ責めるような目で。一瞬躊躇したけど同じに答えて。
「…好き。だし、大切。」その一言で彼女は頷いて、やっと顔緩めてくれて。
「あは。安心しました。」その笑顔でまた、とんでもなく悪い事をしたような気分になって。
思わず謝ったら「もう許してます。」そう言って、立って横来て。腕持って。
「また今度聞きます。」「え?」「言って貰ったら嬉しいから。」ちょっと顔ほてらせて。
頷いたら、やたら嬉しそうに笑って。またその顔で自分が悪い事した気分になった。
いらないとは言われたけど、ホワイトデーには一応、クッキーを渡した。
彼女は「食べなかったら怒りますよね?」そんな事言って。悪戯っぽく笑って。
「何でもするって言うまで許さない。」そう答えたら「あは。ちょっと怖い。」
何が怖いのか聞こうかと思ったけど、既にちょっと赤かったから、やめた。
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