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未 本編1

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Part2
353 :未 本編1 ◆oJUBn2VTGE :2012/01/02(月) 23:15:22.54 ID:93PkLSJW0
「え?」
「写真です。心霊写真。その神主の霊の写真は撮れていませんか」
「写真は…… 聞いたことがございません。写真に撮ったというような話はなかったかと思います」
「そうですか」
師匠は残念そうに自分の額を叩いた。
「いや、しかし、古い霊だと基本的に写真には写らないので、正体を知る上では少しヒントになるかも知れない。わたしの経験上、写真文化の成立前の霊は、心霊写真として撮れないことが多いんです。
写真という、己を写しとりうる機械の存在を知らずに死んだ霊らならば。つまり、江戸時代後期以前の霊ならば……」
はじめてそれらしいことを言った師匠に、女将は困ったような表情を浮かべた。信じて良いものか、迷っているような顔だった。
「まあいいでしょう。あとは、そうですね、この旅館の裏手は山になっていますが、そちらにはもしかしてその若宮神社の分社がありませんか? あるいは昔あったとか」
「いえ、ありません」
即答だった。
「今でも良く気晴らしに登ることがございますが、そういうものはありません。登り口が表から少し回りこんだところにあるんですが、そちらから山に入れます。気になるようでしたら、そちらからどうぞ。
とっても見晴らしが良いところがあるんですよ」
「それはぜひ。では、まず旅館の中を見せてもらいましょうか。恐らくですが、夜までなにも起こらないでしょう。それまで、できるだけ情報収集をしたい」
師匠は立ち上がった。
「運が良ければ今夜中に、相手の正体が分かるでしょう。正体が分かれば対処のしようがあります」
応接室を出るとき、先に立った僕がドアを開けると、すぐ前にいた女性にぶつかりそうになった。
「うわ」という声が出てしまった。相手も驚いたようだったが、ばつの悪そうな顔をして後ろの女将の方を見て首を竦めている。
「楓、なにしてるの」
「あの、いや、ちょっと」
楓というと、さっきの話にも出た女将の娘のはずだ。僕と同い年くらいだろうか。

354 :未 本編1 ◆oJUBn2VTGE :2012/01/02(月) 23:19:59.14 ID:93PkLSJW0
髪をポニーテールにして、タートルネックの黒いセーターにデニムのパンツといういでたちからは、活発そうな印象を受ける。
どうやら盗み聞きをしていたらしい。
悩みの種だった幽霊騒動のさなか、解決のために霊能力者が雇われた、となると若い彼女が興味津々となるのも無理はない。
「楓、後でこの方々について裏山をご案内しなさい」
溜め息をつきながらの女将の言葉に、楓のすぐ後ろにいた仲居姿の女性が身を乗り出す。
「あ、私が案内しましょうか」
広子さんだ。いっしょに盗み聞きしていたのか。
「おまえは夕食の仕込みがあるだろうが」
勘介さんがボソリと言って自分の娘の頭を小突いた。結構痛そうだった。
           ◆
それから師匠は小一時間旅館の中を調べて回った。特に幽霊が出たという場所では、いつ、誰が、どんな風に見たのかをこと細かく聞き取った。
僕はそれにくっついて回り、書記係となって聞いた内容をすべて大学ノートにメモしていった。
師匠はその間、聞いた内容に関する評価をほとんど下さなかった。ただ淡々と事実を収集していくだけだ。
それらの目撃談は、旅館中に及んでいた。玄関や、廊下、客室や宴会場、そして中庭や温泉。その節操のなさからは、場所に関する拘りをまったく感じなかった。
ただ、その頻度からはこの『とかの』という温泉旅館そのものに対する異常な執念、あるいは執着のようなものを感じられた。
神主姿の霊は、人に危害を加えようとするようなそぶりこそ見せていないようだが、目撃者は皆、なんらかの怨念じみた恐ろしさを感じて怯えている。
廊下の壁から抜け出るように突然現れたかと思うと、反対の壁の中へ消えて行ったり、夜中に宿泊客がふと目を覚ますと布団の周囲を数人の神主姿の霊がゆっくりと歩いているのが見えたり。現れ方も様々だった。
「数人?」
宿泊客からそんな話を聞かされたという仲居の一人に、もう一度確認する。
「ええ。二、三人か、三、四人か。うろうろ歩いていたそうです」

355 :未 本編1 ◆oJUBn2VTGE :2012/01/02(月) 23:21:52.22 ID:93PkLSJW0
「顔は? もしかして全員同じではなかったですか」
訊かれて四十年配の仲居は首を傾げる。
「そんなことはおっしゃってませんでしたね。でも、私も見たことがありますけど、顔はあまりよく見えないんですよ」
顔のあたりは妙にぼやけていて、ただ蒼白い顔をしている、ということだけが分かるのだという。
「ありがとうございます」
師匠はおおよそ必要と思われる情報を集め終わったのか、あるいはこれ以上聞いても有益な情報は得られないと判断したのか、調査を一旦打ち切った。
時計を見ると午後三時を回っていた。
「では裏山に登ってみます」
師匠がそう告げると、女将は娘を呼んだ。
「楓、ご案内しなさい」
「はあい」
セーターの上からジャンパーを羽織った格好で現れた楓は、元気に返事をすると右手を高らかと挙げてみせた。
「あ、では僕も」
その後ろから旅館の半被を脱ぎながら大柄な青年が現れて、はにかみながらそう言った。さっき玄関で枯葉を掃いていた人だ。
この若者が女将の話に出てきた、若宮神社の宮司の次男らしい。
その掃除している姿を、「お坊ちゃん」と呆れたように評した広子さんの態度が気になって、聞き込みの最中にもう一度広子さんを捕まえ、彼が何者か訊ねてみたのだ。
彼は石坂和雄といって、県内の大学の三回生。キャンパスの近くに下宿しているのだが、冬休みになって実家に帰省しているらしい。
そんなたまの里帰りなら、実家で足を伸ばしてゆっくりすればいいのに、と思うが、広子さん曰く、この旅館の一人娘の楓にホの字らしいのだ。
そのために、ヒマだからなにか手伝いますよと言って、足繁く『とかの』に通ってきては掃除に荷物運びにと、汗をかいているらしい。
そして夕方遅くなると、一緒に晩御飯でも食べていきなさいという話になり、いとしの楓ちゃんといられる時間をがっちりキープする、という具合だ。
もっともそれは今に始まったことではなく、狭い田舎のコミュニティの中で昔から幼馴染として仲良くしてきたらしい。

356 :未 本編1 ◆oJUBn2VTGE :2012/01/02(月) 23:25:38.44 ID:93PkLSJW0
和雄の父親である現宮司の章一さんは女将の千代子さんと幼馴染であるし、章一さんの奥さんの昌子さんは千代子さんと同じ華道の先生についていた縁で仲が良いらしい。いわば家族ぐるみの付き合いだ。
そして二つ年下の楓が今年の春に高校を卒業し、地元の短大に通い始めてから和雄のアプローチが積極的になってきた。
将を射んと欲すれば、まず馬から射よ。とばかりに旅館に入り込んでテキパキと仕事をしてみせる和雄を、女将は上手く操っているようだ。
女将は十年ほど前に夫と死に別れ、それ以来女手一つで楓さんを育て、親から受け継いだ旅館を切り盛りしてきたのだそうだ。
いずれ楓に婿を取って、跡を継いでもらわないといけない。そこに若宮神社の次男坊であり、幼馴染の和雄といううってつけの人物がいるのだ。これを逃す手はない。
楓自身はまだ短大に入ったばかりで、遊びたいざかり。どうやら和雄のことは憎からず思っているらしいのだが、まだはっきりとは態度で示さず、バイトにサークルにと忙しい日々を送っている。
そんな二人の間を巧妙に取り持って、けっして下手に出ることなく、和雄の方から積極的にこの旅館へ通わせてあれこれ手伝わせているのが、女将の千代子さんというわけだ。
聞くと、和雄は普段の土日にも良く顔を出しているらしい。まめなことだ。
「じゃあ、行ってきます」
楓が玄関先で振り返りながら声を張り上げる。
「和雄さん、お願いね」
「はい」
女将は和雄の方へだけ声をかけた。そして師匠と僕に会釈して旅館の中へ戻って行った。
「こっちでーす」
楓が先導して、敷地の外へ出る。すぐ裏の山なので、旅館の建物を回り込んで行くのかと思っていた。
「この先を回ったとこから入山口があるんですよ」
早足で一人先へ先へ進む楓に苦笑しながら、和雄が説明する。
旅館のそばを流れる川沿いに少し歩くと山側に石段のようなものが見えてきた。「ここから登りまーす」
楓は苔むした石段を二段飛ばしで登っていき、そのたびにポニーテールの先がピョコピョコと揺れた。元気だし、動きが妙に可愛らしい。

357 :未 本編1 ◆oJUBn2VTGE :2012/01/02(月) 23:27:51.55 ID:93PkLSJW0
和雄でなくとも、こういう子が幼馴染なら悪い気はしないなあ、などと考えていると後ろの師匠から「早く登れ」と尻を蹴られた。
石段はすぐに途切れ、枯葉で覆われた山道が現れた。標高の低い山だが、道はかなり険しい。寒さに慣れた身体はすぐに熱くなり、息が荒くなった。それでも山歩きは今年、師匠にかなり鍛えられたので、ペースを乱すほどではなかった。
楓と和雄も慣れた足取りで平然と登っていく。
「へえ〜。興信所で働いているんですか」
「ああ。その中でもわたしはオバケ専門」
「なんですか、オバケ専門って」
和雄は吹き出しながら師匠と会話を続ける。なんだか如才ないやつだ。体格も良く、少し彫りの深い顔だがなかなかの色男だし、なんと言っても笑顔が爽やかだった。
実に気に食わない。
「僕らも見たんですよ、例の幽霊」
な? と先頭の楓に話を振る。
「うん。見たよ。怖かった」
「どんな風に?」
師匠はこの場にいるのが全員年下のせいか、さっきまでの営業トークから一転してくだけた口調で話しかける。
楓は平日に仲居が一人休んだので、晩の給仕を手伝わされていた時、膳を下げるため廊下を通っていると窓ガラス越しに、やけに白っぽい格好のふわふわした人影が目に入ったのだそうだ。
「出る、って聞いてたけどホントに見たら腰が抜けそうになりますねえ」
人影はすぐに消えてしまったらしい。三ヶ月くらい前のことだった。
「僕の方は風呂場ですよ。二ヶ月くらい前かな。大浴場の外に露天風呂があるんですけど、帰りが遅くなって泊めてもらった時に、お客さんが全員出た後で一人で入ってたんですよね。
そしたら湯気の中からこっちにスーッって水面を歩いてくる人がいるんですよ。やばい、と思って立ち上がって逃げようとしたんですけど、お湯に足を取られて走れなくて、向こうはスーッて近寄ってくるでしょう? 
生きた心地がしなかったですよ。なんとか逃げ切って脱衣所のところまで来て振り返ったらもう見えなくなってましたけど」
あ、露天風呂自体はすごく良いお湯ですから、後でぜひどうぞ。
和雄はさりげなくそう付け加える。


358 :未 本編1 ◆oJUBn2VTGE :2012/01/02(月) 23:30:00.47 ID:93PkLSJW0
「あなたはその神主の霊の子孫じゃないの? なんでびびってんの」
「いやあ、それなんですけど、なんかピンと来ないんですよね。ご先祖様がなんで『とかの』を祟らないといけないのか、さっぱり分からないんですよ。なにか言ってくれればいいのに、うらめしいの一言もなしですよ。なんなんでしょう、一体。親父も首を傾げてますよ」
父親の章一さんはかなり責任を感じていて、女将や楓に会うたびに頭を下げているらしい。
御祓いも何度も行なったし、それでどうしても上手くいかなかったので、恥も外聞もなくこうしたことに強いというお寺を自ら探してきたりと、とにかく神主の霊が出なくなるように協力してくれている。今のところその効果は見られないようだが。
次男とはいえ、成人した息子が幼馴染の女の子のところへ入り浸って、その家業の従業員のような真似をしているのを叱りもせずに見逃している、というのも、そうした後ろめたさがあるせいなのかも知れない。
「お父さんが宮司なんだよね」
「ええ。もう先祖代々の」
師匠は若宮神社の宮司、石坂家の家族構成を正確に聞き出した。
父親が宮司の章一、母親が昌子、兄が皇學館の大学院に在籍中の修(おさむ)、そして妹が専門学校生の翠(みどり)。あと父方の祖母がいるそうだが、今は西川町の病院に入院中とのことだった。
この一帯の松ノ木郷も行政単位としては西川町の一部なのだが、このあたりの人は町役場のあるあたりだけを指して西川町と呼んでいるようだ。
「兄貴が大学を卒業したら、戻ってくるんですよ。うちで権禰宜をしながら、西川町の高校で歴史を教えるって言ってます。親戚筋の神社からも、神職の手が足りないって相談されてるんで、ひょっとしたらそっちに行くかも知れませんけど」
どっちにしても、いずれはうちの若宮神社の跡を継ぐんですけどね、兄貴は。
和雄は冗談めかして自分の二の腕を叩いた。「だから、僕なんて肩身が狭いですよ。早いトコ手に職つけないと、いずれ実家から追い出されちゃいますから」
和雄の方は神道系のコースのある大学ではなく、一般大学の法学部に在籍している。
「章一さんの前の宮司はお祖父さん?」
「そうです。もう五年になりますね」
すでに亡くなっているらしい。師匠は、『とかの』に現れる霊がそのお祖父さんである可能性はないかと尋ねた。すると和雄は、それはないですねと即答する。

359 :未 本編1 ◆oJUBn2VTGE :2012/01/02(月) 23:32:02.51 ID:93PkLSJW0
「祖父はあの年代の人にしては凄く押し出しの立派な人でしたから」
今の自分よりも背が高かったんですよ、と頭の上に手をやってみせた。
なるほど。そんな大柄な人なら、たとえ顔がぼやけていようが、幽霊になって現れたらそれと分かりそうなものだ。女将や旅館の人々も先代の宮司を良く知っているだろう。
誰もそのことに触れないということは、どうやら和雄の祖父が化けて出ているわけではないようだ。もっと昔のご先祖様ということか。
「最近、神職の服が盗まれたりってことはない?」
師匠の問い掛けに和雄は眉をひそめる。
「誰かが、イタズラでもしてるってことですか」
「まあ、どんなことでも可能性はあるから」
自分自身、幽霊を目撃したという和雄からすると、それが誰かのイタズラだと言われても納得できないだろう。確かにこれまでに聞いた多くの目撃談からしても、すべて人間の仕業というのは無理がある気がする。
「服が盗まれたことなんてありませんよ。もちろん紛失もありません」
和雄がはっきりそう言うと、師匠は「そう」と言ってそれ以上追求しなかった。
「あ、この先から見えますよ」
楓が指さした先には木々の群れがぽっかり抜けたような空間があった。その開けた所まで登りきると、遠くの景色が見渡せた。
「見晴らしがいいなあ」
師匠が手近な切り株に片足をかけた。
眼下には枯れ木で覆われた山の峰が広がっている。それほど高くは登っていないはずだが、角度のせいか、ここからは『とかの』は見えない。その代わり、平野を隔てた遠くの山の中腹になにかの建物が見えた。
「あれが、うちの神社ですよ」
和雄が指をさす。
「こうして見ると、結構近いな」
「でも『とかの』から歩いたら一時間近くかかりますよ」
見下ろす風景の中には畑や田んぼ、そして枯れ木ばかりの林など、寂しい色彩ばかりが広がっている。その間を縫うように、枝川がくねくねと蛇のようにうねりながら伸びていた。
「なにもないところでしょう。だんだん人口も減ってますし。うちの神社のあたりなんて今じゃバス停も遠くになっちゃって、不便でしょうがないですよ。家族全員バイクに乗ってるくらいです」

360 :未 本編1 ◆oJUBn2VTGE :2012/01/02(月) 23:33:43.33 ID:93PkLSJW0
「え〜。うちの『とかの』のあたりの方がバス停遠いじゃん。たまにはそのくらい歩きなよ」
そんなことを話しながら、しばらくそこで景色を見ていると、陽が翳ってきて寒さが身体に戻ってきた。風も少し出てきたようだ。
「もう少し先が頂上ですけど」と和雄が尋ねたが、師匠は首を振って「もういいや。戻ろう」と言った。
頂上までの道はここから少し下った後でまた登りになっていたが、そのすべてがすでに見渡せた。女将の言っていたとおり、裏山には神社やそれに関するものは全く見当たらなかった。頂上の反対側の下りも同じようになにもない、と楓と和雄が断言した。
師匠はそれほど残念そうでもなく、また先陣を切って元来た道を下り始めた楓の後ろについて山道を踏みしめていった。
五分ほど歩いただろうか。
右手側に大きくV字形に抉れた谷が広がっている場所に出たのだが、そこで師匠が足を止めた。
谷の方へ身を乗り出して首を伸ばしている。先はかなり急な崖だ。後ろにいた僕は思わず「何をする気ですか」と止めに入りそうになった。
師匠はキョロキョロと周囲に目をやると、手がかりとなる木がまばらに生えた獣道を見つけ、そこから崖の下へ降り始めた。
止める間もなかった。
最初にザザザと山肌を滑るように降りた後、枯れ木にしがみついて勢いを殺し、そこから先は器用に木の枝につかまりながら、あっと言う間に谷の底近くへたどり着いてしまった。
地元民の二人も驚いたようにそれを見つめている。
「なにかあるんですか?」
僕は両手でラッパを作って声を上げる。
師匠は谷の奥でうろうろしながらせわしなく動いている。
「ああ。こいつは地滑りの跡だ」
斜めに生えている潅木を叩きながら返事が返ってきた。その谷は途中から水が湧いていて、さらに下へと流れていっている。
師匠はそのあたりの土を掘ったり木を揺すったりしながらその周囲を探索していたが、やがて山肌から突き出ていた石の前にしゃがんで、堆積した土や苔などを手で払い始めた。
僕たちの眼下でその動きがふいに止まり、またすぐに立ち上がったかと思うと、そばの谷川の淵へ近寄っていった。

361 :未 本編1 ラスト  ◆oJUBn2VTGE :2012/01/02(月) 23:37:32.59 ID:93PkLSJW0
その先はさすがに危険な地形だったので諦めたのか、師匠は猿のように木の枝につかまりながらこちらへ戻り始ってきた。
「悪い。待たせた」
山道へ戻ってくると、ズボンの土ぼこりや枯葉を払いのけながらあっけらかんと言う。
「すごいですねえ。レンジャーみたい」
楓がそう褒めると、和雄は「危ないからもうやめてくださいよ」と心配そうに詰め寄る。
「わかったわかった。もう帰ろう」
と師匠は笑った。そして楓、和雄の後についてふたたび山道を下り始める。
なにか、予感のようなものがして、僕はそのすぐ後ろについた。すると、前を行く二人としばらく談笑しながら歩いていた師匠が、こっそりとした手の動きで合図をしてきた。
顔を近づけた僕の耳元に素早く口を寄せ、「地滑りの跡に埋もれた石の表面に、こんな模様があった」と囁いた。
そして僕の手を握り、手のひらに指でなにか文字のようなものを書いた。
「え?」
と怪訝な顔をした僕に、師匠は「面白くなってきた」ともう一度囁いて、前を行く二人を早足で追いかけていった。
なんだろう。この字は。
僕は手のひらに残る文字の感触をじっと記憶に刻みながら、そして同時に記憶を呼び覚まそうとする。
漢字だ。
雨冠は分かる。その下に、丸…… いや、口がみっつ。横に並んでいる。そしてさらにその下になにか複雑な字が続いている。龍という字だろうか。あるいは能力の能という字か。
いずれにしても、そんな漢字があるのだろうか。物凄く画数が多い。しかし全体のバランスからして、一つの字としか思えない。
なんだ、この文字は。
僕は自分が足を止めていることに気づく。
前を行く師匠の背中に視線を向けたまま、手のひらに刻まれた文字の感触に身震いする。
なんだ、これは。
そんなことを口の中で繰り返しながら僕は冬枯れの山道に立ち尽くし、じわじわと、その文字に沿って自分の血が流れ出て行くような、得体の知れない悪寒に包まれていた。

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