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日本の凶悪犯罪ランキングベスト10

日本の凶悪犯罪ランキングベスト10
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1474648593/

1 :名無しさん@おーぷん:2016/09/24(土)01:36:33 ID:nLZ
10位【附属池田小事件】
2001年6月8日10時20分頃、大阪教育大学附属池田小学校に凶器を持った甲が侵入し、次々と同校の児童を襲撃した。
結果、児童8名(1年生1名、2年生7名)が殺害され、児童13名・教諭2名が傷害を負った。甲は、校長や別の教諭にその場で取り押さえられ、現行犯逮捕された。
甲は最後の一人を刺し終えた瞬間、凶器である出刃包丁を自ら落として、「あーしんど!」と呟いたという。その後、甲は殺人罪などで起訴された。

2 :名無しさん@おーぷん :2016/09/24(土)01:38:58 ID:nLZ
9位【津山事件】
津山事件(つやまじけん)または津山三十人殺し(つやまさんじゅうにんごろし)は、1938年(昭和13年)5月21日未明に岡山県苫田郡西加茂村大字行重(現・津山市加茂町行重)の貝尾・坂元両集落で発生した大量殺人事件。犯人の姓名を取って都井睦雄事件ともいう。
津山市など近隣地域では「加茂の三十人殺し」と呼ばれている(または死者の数に尾ひれがつき水増しされ「三十二人殺し」「三十三人殺し」また「三十六人殺し」とも呼ばれる事がある)
犯行が行われた2時間足らずの間に28名が即死し、5名が重軽傷を負った(そのうち12時間後までに2名が死亡)。なお、犯行後に犯人が自殺したため、被疑者死亡で不起訴となった。
横溝正史が同じく大量殺人を扱った八つ墓村のモチーフにした事件とも言われる。

9 :名無しさん@おーぷん :2016/09/24(土)01:44:21 ID:nLZ
8位【大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件】
大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件(おおさか・あいち・ぎふれんぞくリンチさつじんじけん)とは、1994年9月28日から10月7日までに3府県で発生した未成年の少年グループによるリンチ殺人事件である。
事件は1994年9月28日午前3時頃に幕を開けた。主犯格の3人ともう1人は大阪市中央区で無職の男性(当時26歳)を強盗目的で襲った上に拉致し、19時間にわたって監禁・暴行を繰り返した。
そして最後はベルトを使って絞殺した。その後少年らは、暴力団員に遺体の処分を相談し、高知県安芸郡奈半利町の山中に遺棄した。男性の遺体は11月22日に毛布に包まれているところを発見されたが、凄まじい暴行の痕があったといわれる。

12 :名無しさん@おーぷん :2016/09/24(土)01:48:14 ID:nLZ
7位【横浜港バラバラ殺人事件】
横浜港バラバラ殺人事件(よこはまこうバラバラさつじんじけん)とは、2009年6月に神奈川県横浜市金沢区で発覚した殺人事件。
前年から始まった裁判員裁判で初めて死刑判決が言い渡されたと同時に、裁判員裁判で初めての死刑確定となった(控訴も取り下げたため裁判員裁判だけの審理で死刑が確定した最初の事例にもなった)。
犯行グループはベトナムなどから覚醒剤の密輸を行っていた。
2009年6月18日から19日にかけて、前述の犯行グループのIとその共犯は、歌舞伎町の麻雀店経営者の男性ら2人を千葉県船橋市内のホテルに呼び出して監禁。
Iは「家族に電話させてほしい」「殺さないでくださいせめて殺してから切ってください」と懇願する経営者の首を、「動いちゃ駄目だろ、切れないじゃないか」と生きたまま電動のこぎりで切断し殺害し、共犯に「人形みたいでしょ」と語ったという。
会社員の男性は刺殺された後に遺体は解体され、横浜港や山梨県の山中に遺棄された。
その後、Iを含む犯行グループ8人は覚醒剤取締法違反などで逮捕され、共犯は同容疑で全国に指名手配された。

14 :名無しさん@おーぷん :2016/09/24(土)01:49:14 ID:nLZ
続き
2009年10月15日、Iは前述の事件で死体遺棄容疑で再逮捕された。またIは被害者の2人を殺害し、うち1人から1300万円を奪ったとして、2009年11月11日に強盗殺人容疑で再逮捕された。
2009年12月15日、神奈川県警は国外に逃亡している共犯を国際刑事警察機構を通じ国際指名手配した。
2010年10月14日、横浜地裁(朝山芳史裁判官)は、覚醒剤密輸について有罪とした部分判決を下した。これは裁判員制度の裁判員の負担を減らすために区分審理を採用したためである。
2010年11月1日、強盗殺人・死体遺棄事件についての審理が横浜地裁で開始された。
2010年11月16日、Iに殺人罪の判決も含めた判決が言い渡され求刑通り死刑判決。裁判員裁判で2件目の死刑求刑であり初めての死刑判決。
その後弁護人が控訴したが、2011年6月16日にI本人が控訴を取り下げたため死刑判決が確定。裁判員裁判で初めての死刑確定となった。
2016年現在、Iは東京拘置所に収監されている

15 :名無しさん@おーぷん :2016/09/24(土)01:50:15 ID:5jx
はやくおまけをみせろ

16 :名無しさん@おーぷん :2016/09/24(土)01:51:02 ID:2ya
ここまで一位が分かりきってるスレも珍しい

17 :名無しさん@おーぷん :2016/09/24(土)01:53:00 ID:nLZ
6位【神戸大学院生リンチ殺人事件】
神戸大学院生リンチ殺人事件(こうべ だいがくいんせいリンチさつじんじけん)は、2002年3月4日、日本の神戸市西区で発生した殺人事件。
法廷で初めて警察の職務怠慢が認定された事件であった
2002年3月4日午前3時過ぎ、27歳の神戸商船大学大学院に通っていた男性が友人を車で県営団地に送った際、山口組系の暴力団「西脇組」内「末原組」組長の38歳の男とスナック経営で組長情婦の35歳の女と偶然目が合ってしまった。
突然男は男性を殴り、男性が掛けていた眼鏡が飛び、男とそれを仲裁しようとした友人ともみ合いとなり、男性が警察へ通報した。しかし男性の携帯電話を女が取り上げ、さらに女が末原組に連絡し組員を呼び寄せた
30歳、36歳、37歳の組員が駆けつけ、男性とその友人に殴る蹴るの暴行を加えた。意識がほとんど無くなった男性とその友人を組員らは自分らの車の後部座席に押し込んだ。
警察への通報から16分後に神戸西警察署管轄の井吹台交番の47歳の巡査部長、31歳の巡査、神戸西警察署のパトカーから33歳の巡査部長、29歳の巡査の4名が駆けつけた。
さらに通報から20分後に事件現場から一番近い有瀬交番から39歳の巡査部長、27歳の巡査が駆けつけた。男性の友人は意識がもうろうとしたまま血だらけの状態で車から飛び出し、駆けつけた警官らに必死になって助けを求め、友人が車に乗せられているかもしれないと告げた。
しかし警官らは、男性の友人が血だらけであり組長や組員らにも血が付着しているという状態にもかかわらず、組員らの車のナンバーを控えるのみで組長や組員らの身体検査や車を検めず、組長らが後日出頭すると言う言葉を信じ事件は解決したとその場を立ち去ってしまった。
なお警察への通報は他に2件あったものの、警官が仮眠していたという理由から通報から到着が16分、最寄りからは20分掛かったと説明している。
また男性は母親と同居であったため、警官が母親に男性が帰宅しているかの確認をし、男性が帰宅していないことが判明したにもかかわらず確認を怠っていた。
さらには男性が押し込められた車の窓はスモークガラスでなかったため、目視で車内の確認をすれば男性の姿が分かるにもかかわらずそれも怠っていた。
警官が立ち去った後、組長と組員と32歳組員など計6人が2km離れた空き地に男性を連れ込み、男性の体を縛った上に殴る蹴るの暴行を加えた。
失神した男性に水を掛けて意識を戻させさらに暴行を加えるなど拷問のような手口だった。男性は瀕死の状態で宝光芒川の浅瀬に放置され、翌日3月5日16時20分頃、遺体となって発見された。
遺体の肋骨はほとんど折られ、右後頭部が割れくも膜下出血で意識を失った形跡もあったが、死因は凍死だった。男性は組長らが立ち去ってから数時間生存していたと見られている。
なお、リンチを行った後、37歳の組員が有瀬交番に出頭するも1時間ほどの事情聴取を行っただけで帰してしまった。
男性の遺体発見から4日後の3月9日に組長らが逮捕、3月26日に事件に関与した9人目が逮捕された。
2004年3月26日、神戸地検は組長に無期懲役、他の組員ら6人に懲役21年を求刑、同年8月5日に組長に懲役20年、組員らに10年から14年、女に懲役3年、執行猶予4年を神戸地裁が言い渡した。
なお、兵庫県警は2002年4月4日に遺族に対し謝罪したが、警察内の処分が減給3ヶ月や訓戒など軽微な処分だったために苦情が殺到、2003年4月17日、遺族が管轄元の兵庫県や組長らを相手に1億4,000万円損害賠償訴訟を起こす。
すると兵庫県警は捜査は適切だったと一転するが、2004年12月22日、神戸地裁が「警察が適切に職務を果たせば男性は死なずに済んだ」と指摘、兵庫県や組長らに合わせて9,736万円の賠償金支払いを命じた。
兵庫県は不服として最高裁まで上告するが棄却された。
改行エラーウザいわ

18 :名無しさん@おーぷん :2016/09/24(土)01:59:18 ID:nLZ
【5位】栃木リンチ殺人事件
栃木リンチ殺人事件(とちぎリンチさつじんじけん)とは、1999年12月4日に栃木県で発覚した複数少年らによる拉致・監禁・暴行・恐喝・殺人・死体遺棄事件。
栃木県警警部補を父に持つ犯人A(当時19歳)は幼いころから粗暴な行為が目立ち、通信制の高等学校を退学した後は暴走族に入り、恐喝や傷害などの事件を度々起こしていた。
Aは日頃から、社員のB(当時19歳、日産自動車栃木工場勤務)・無職のC(当時19歳)から金を巻き上げていたが、やがてBは会社の同期で性格がおとなしい甲を身代わりにたてることを思いついた。
そして1999年9月29日、Bが甲を電話で呼び出すと、Aらは甲を拉致し、サラ金から次々と借金をさせて、自分たちの遊興費にあてた。
甲がサラ金から借金を拒絶されるようになると、今度は甲の知人や友人から金を借りさせ、およそ2ヶ月にわたって甲を連れまわした。
その間、甲をホテルなどに監禁し、最高温度のシャワーをかける「熱湯コマーシャル」、殺虫スプレーにライターで火をつけ浴びせかける「火炎放射器」などのリンチを加え、甲を散々にいたぶった。それにより甲の肌は焼けただれ、顔ははれあがった。
死体を検死した段階では皮膚の8割が火傷を負い、「たとえ絞殺されなくともいずれ死亡したと思われる」ほどに酷い外傷であったにも関わらず、病院に一度連れて行ったきり(しかもAらが診察室までついて入り甲に心理的圧迫を加え、腕の火傷しか見せさせなかった)で何の治療も施さず、
火傷した皮膚にさらに90℃以上のポットの熱湯をかけ風呂場に連れ込んで熱湯シャワーをかけ(「熱湯コマーシャル」は日常化していた)、抵抗すると殴り続けるなどのリンチを加えていた。
甲の失踪に不審を抱いた甲の両親は栃木県警石橋警察署(現・下野警察署)に捜査を依頼するが、応対した担当官は
「お宅の息子さんが悪いんじゃないの」「仲間に金を分け与えて、面白おかしく遊んでいるんだろう」「麻薬でもやっているんじゃないの」「警察は事件にならないと動かないんだよ」などと甲の両親を突き放し、まったく取り合おうとはしなかった。

20 :名無しさん@おーぷん :2016/09/24(土)02:00:33 ID:nLZ
続き
その後両親は石橋警察署だけでは埒が明かぬと加害者の逮捕までに宇都宮東警察署、宇都宮中央警察署、黒羽警察署(2006年、大田原警察署へ統合)栃木県警本部にも捜査を懇願し続けたが、その一切が拒否された。
そこで、甲の両親は独力で、甲が監禁・暴行されている事実をつかみ、犯人グループにBとCがいるということを突き止めた。しかし、それでも石橋警察署は全く動こうとはしなかった。
やがて、甲から両親のもとに、たびたび金を無心する電話がかかるようになり、両親は甲の安全のために金を振り込み続けた。その金を銀行に下ろしに来た甲の姿が銀行の防犯ビデオに映っていた。
ビデオに映っていた甲の外見は、髪を丸坊主にされ眉をそり落とされ、更に火傷や殴られた跡があり失踪前とかなり異なっていた。
銀行の関係者は「甲の後ろに複数の男たちがついていました。いつでもビデオを証拠として提出する用意があるので警察に相談してください」と甲の両親に勧め、甲の両親は再び石橋警察署を訪れ、ビデオテープを証拠品として銀行から取り寄せるよう依頼した。
しかし、石橋警察署の署員は「裁判所の許可もないのにそんなことできない」と再び突き放した(署員の発言は令状のことを指したものと思われるが、銀行関係者の発言から任意の提出に応じた可能性はある)。
その際、甲から両親の携帯電話に電話がかかってきた。甲の父親は事態が逼迫していることを理解してもらうべく「お父さんの友人がいるから」と友人に見立て、警察官に携帯電話を渡した。
しかし、その警察官が「石橋署の警察官だ」と名乗ってしまい、電話は切られた。警察官は「あ、切れちゃった」と言って、携帯電話を父親に返したという。

21 :名無しさん@おーぷん :2016/09/24(土)02:01:40 ID:nLZ
最後
一部では、Aらはこの出来事によって警察の捜査が自分たちに迫っていると考え、甲の殺害を決意したのではないかという見方がされている。
のちにこの刑事の不用意な発言が甲の殺害計画のきっかけとなったことが裁判で認定された。
殺害の理由としては他に、あまりにも壮絶なリンチを加え続けたがゆえに、甲の身体には既に不可逆的な傷が残されており、甲を生かしていたら事件発覚は免れないと判断したからだという。
1999年12月2日、犯行に途中から加わった高校生のD(当時16歳)とともにAらは、甲を紐で首を絞め殺害した。そして市貝町の山林に埋め、死体を埋めた穴にコンクリートを流し込んだ。
死体を埋めるコンクリートやベニヤ板、スコップ、砂利を調達するのに使われたのは、甲の最後の給料だった。このとき甲は退職扱いとなっていた。
死体を隠した後Aらは「十五年逃げ切ればいい(当時の殺人罪の公訴時効が15年であるため)」と、『追悼花火大会』と称して花火で遊ぶなどしていた。
しかし、良心の呵責に耐えられなかったDが12月4日、警視庁三田警察署に自首し、事件が発覚した。
警視庁は早速、三田警察署内に捜査本部を設置し、Dの証言にもとづいて甲の遺体を発見。翌日警視庁はA・B・Cを逮捕した。

22 :名無しさん@おーぷん :2016/09/24(土)02:02:28 ID:7XM
ほえー残忍な人もおるんやねえ
1位はどんな畜生なんやろか

24 :名無しさん@おーぷん :2016/09/24(土)02:04:58 ID:nLZ
【4位】女子高生コンクリート詰め殺人事件
女子高生コンクリート詰め殺人事件(じょしこうせいコンクリートづめさつじんじけん)とは、
1988年(昭和63年)11月から1989年(昭和64年)1月の間に、東京都足立区綾瀬で起きた猥褻誘拐・略取、監禁、強姦、暴行、殺人、死体遺棄事件の通称である。事件番号は平成2う1058。
この事件は、加害者が全て少年(未成年者)であったこと、犯罪内容が重大・悪質であったこと、犯行期間も長期におよび、少女が監禁されていることに気づいていた周囲の人間も被害者を救わなかったことなどの点で社会に大きな衝撃を与えた。
誘拐の経緯は、バイト帰りの女子高生の自転車を少年C(犯行当時15 - 16歳)が蹴り、少年A(犯行当時18歳)が親切な素振りで近づき
「お前はヤクザに狙われている」「俺が助けてやる」と言い、ホテルに連れ込んで女子高校生を強姦し、事件の現場となった家の自宅2階の居室に監禁した。
少女を帰そうとせず、輪姦、性器にビン・マッチ・タバコなどの異物挿入、裸踊りや自慰行為の強要、タバコを2本一度に吸わせる、シンナーを吸わせたりした。
少女は少年らの隙をついて警察に通報したのだが少年Aに見つかり阻止され、その腹いせに足にライターのオイルかけて火で何度もあぶるという暴力行為をし
彼女の焼け焦げた足の腐臭を疎ましく思い強姦の対象から暴力へと変貌し、1m以上上から鉄棒を腹に落とす、トイレにも行かせず飲料用紙コップに排尿させその尿を飲ませる
1.6kgの鉄球付き棒で大腿部を数十回にわたって殴打したり、被害者の脇腹部、脚部などを多数回にわたって手拳で殴打し、全身が血だらけになり目の位置がわからなくなるほど顔を膨れ上がるほどの殴る蹴るなどの行為を繰り返し
少年B(犯行当時17歳)が「なんだお前でっけえ顔になったな」と笑う、真冬の時にベランダに裸で放置、顔面に蝋をたらす、などの苛烈な行為を41日間にわたり行った。
女子高生を監禁していた家の両親は女子高生の存在を認知しており、一度1階で一緒に食事を摂ったりした。その折、女子高生に「早く帰りなさい」と促し、一時は家を出たのだが、加害者の少年の一人が連れ戻したので、結局監禁は続いて行われた。

25 :名無しさん@おーぷん :2016/09/24(土)02:06:41 ID:nLZ
続き
1989年(昭和64年)1月4日、「ギャンブルに負けた」という理由で、自力では立てなくなりほとんど動けなくなった被害者を2時間にわたって殴る蹴る、足をライターオイルで焼く、鉄の棒で殴るなどのリンチを加え放置し、その結果被害者は死亡した。
翌日、被害者の死亡に気づき死体の処理に困った加害者たちは、遺体を毛布で包み旅行バックの中に入れドラム缶に入れてコンクリート詰めにして、東京都江東区若洲の埋め立て地(現在の若洲海浜公園敷地内)に遺棄した。
同年(平成元年)3月29日、別の事件で逮捕された際の取調中の加害者の供述により、被害者の遺体が発見されたことから事件が発覚した。

26 :名無しさん@おーぷん :2016/09/24(土)02:08:54 ID:nLZ
【3位】東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件(とうきょう・さいたま れんぞくようじょゆうかいさつじんじけん)とは、1988年から1989年にかけて東京都北西部および埼玉県南西部で発生した、幼女を対象とした一連の事件である。
警察庁公式名称は「警察庁広域重要指定117号事件」。『現代用語の基礎知識』には「連続幼女誘拐殺人事件」の名で掲載された。
この事件は、4歳から7歳という低い年齢の女児が被害者となり、犯行声明を新聞社に送り付ける・野焼きされた被害者の遺骨を遺族に送りつけるなどの、極めて異常な行動を犯人が取ったことから
欧米を中心に多発する児童への性的暴行を目的とした誘拐・殺害事件などとの比較も行われ、戦後日本犯罪史上にて初めてプロファイリングの導入が検討された。
特異性が強い事件であったため、事件発生当初から激しい報道合戦が繰り広げられ、後に犯人の父親が自殺したことで「メディアスクラム」をはじめとする報道のあり方が疑問視された事件でもあった。
1989年7月23日、この事件の犯人である宮崎勤が八王子市にて別件のわいせつ事件を起こしているところを被害者の父親に取り押さえられ、八王子警察署に現行犯逮捕された。
取り調べが行われる中で、8月9日に連続幼女誘拐殺人事件の一部の事件への関与を認める供述を始める。8月10日に供述どおりに遺体が発見され、その日の夕刊とテレビから大々的な実名報道が始まる。
8月11日に誘拐と殺人の容疑で再逮捕され、以後9月にかけて4つの事件への関与を次々と供述する。なお、逮捕される前から宮崎が過去の性犯罪者リストによって捜査線上に浮かんでいたとも言われている。
宮崎が自室に所有していた「5,763本もの実写ドラマなどを撮影したビデオテープ」を家宅捜索により押収した警察側は、これらを分析するために74名の捜査員と50台のビデオデッキを動員した。
2週間の捜査によって、被害者幼女殺害後に撮影したと見られる映像を発見した。そして1989年9月2日に起訴に踏み切り、後に宮崎の供述により遺体が発見されたため、一連の事件犯人として追起訴した

28 :名無しさん@おーぷん :2016/09/24(土)02:10:34 ID:nLZ
続き
宮崎は公判において、「犯行は覚めない夢の中でやった」「ネズミ人間が現れた」「俺の車とビデオを返せ」など、不可解かつ身勝手な発言を繰り返していた。
1997年4月14日に東京地方裁判所で死刑判決が下る。通常、死刑を宣告する際は被告人の精神状態を考慮して判決理由を朗読した上で主文を後回しにするが、この裁判では例外として冒頭で主文を言い渡された。
控訴するも、2001年6月28日に東京高等裁判所でも控訴棄却され、一審判決の死刑を支持。
弁護側は、宮崎が東京拘置所で幻聴を訴え、継続的に投薬を受けていることなどを挙げ、高裁に差し戻して再鑑定するよう求め上告したが、2006年1月17日に最高裁第3小法廷は、弁護側の上告を棄却、死刑が確定した。
この自身の死刑確定について宮崎本人は著書の中で「あほかと思う。あの裁判官は後から泣くことになる」と述べており、面会に訪れた人物にも「あの判決は何かの間違い」と話していた。
死刑確定後、手紙の中で絞首刑に対する恐怖を訴えており、アメリカで行われるような薬殺刑を希望していた。
これについては宮崎が獄中で書いた手紙をまとめた著書に詳しく記されており、絞首台から落下する瞬間を「どん底の恐怖に陥れられ、それは人権の侵害にあたる」と主張している。
また同書の中で自身の最高裁判決が大きく報道されたことを「やっぱり私は人気者だ」と語り、殺害した被害者や遺族に対しての思いのほどを問われ「特に無い。いいことができて良かったと思う」と答えた。
2008年6月17日、鳩山邦夫法務大臣(当時)の下により東京拘置所に於いて宮崎の死刑が執行された。宮崎の口から遺族に対する謝罪、事件に関する反省の念が語られることはついに最期までないままであった[2]。

30 :名無しさん@おーぷん :2016/09/24(土)02:13:46 ID:nLZ
【2位】相模原障害者施設殺傷事件(さがみはら しょうがいしゃしせつ さっしょうじけん)
とは、2016年7月26日未明に神奈川県相模原市緑区千木良にある神奈川県立の障害者福祉施設で発生した、刃物による殺傷事件である。同日中に19人の死亡が確認され、26人が重軽傷を負っている。
2016年(平成28年)7月26日午前2時38分[注釈 1]、相模原市緑区千木良にある障害者施設から神奈川県警察と相模原市消防局にそれぞれ、「刃物を持った男が暴れている」との通報があった。
事件に気づいた施設の当直職員が、非番の男性職員にLINEを使って連絡を取り、電話で確認の上警察に通報した。現場に駆け付けた医師が19人の死亡を確認し、重傷の20人を含む負傷者26人が6か所の医療機関に搬送された。
死亡したのは、いずれも同施設の入所者の男性9人、女性10人で、年齢は19歳から70歳。また、負傷したのは、施設職員男女各1人を含む男性21人、女性5人だった。
被害者の名前について神奈川県警は同26日、「施設にはさまざまな障害を抱えた方が入所しており、被害者の家族が公表しないでほしいとの思いを持っている」として、公表しない方針を明らかにしている。
そして被害者の家族の一人は公表しない理由を、「日本では、全ての命はその存在だけで価値があるという考え方が特異であり、優生思想が根強いため」と説明した。
午前3時過ぎ、神奈川県津久井警察署に、被疑者の男(以下A)が「私がやりました」と出頭し、午前4時半前に、19歳の女性入所者に対する殺人未遂と建造物侵入の容疑で緊急逮捕された。
Aは午前2時頃に、ハンマーで入居者居住棟1階の窓ガラスを割って、そこから施設内に侵入したとみられる。同警察署の捜査本部は翌27日、殺人未遂の容疑を殺人に切り替えて、Aを横浜地方検察庁に送検した。

31 :名無しさん@おーぷん :2016/09/24(土)02:15:47 ID:nLZ
1位【おまけの中身が知りたくてーー。 】
浜松市東区内のショッピングセンターで、ポテトチップスのおまけのプロ野球選手カードの入った袋25個に、はさみで切り込みを入れたとして、浜松東署は6日、愛知県豊川市中条町宮坪、無職松尾昇容疑者(51)を器物損壊容疑で逮捕したと発表した。
「巨人軍のカードが欲しかった」と容疑を認めているという。
同署によると、松尾容疑者は5日午後1時55分ごろから約20分間、同センターで、
おまけのカード付きのポテトチップス25袋(1袋90円、計2250円)のおまけの袋をはさみで切った疑いがある。
同容疑者は、計35袋のおまけの袋を切り、中身のカードを確認して気に入った10袋を購入した。それ以外の25袋を商品棚に返してセンターを出たところを警備員に呼び止められたという。

33 :名無しさん@おーぷん :2016/09/24(土)02:17:32 ID:Cdz
神定期

35 :名無しさん@おーぷん :2016/09/24(土)02:18:04 ID:7XM
やったぜ。

39 :名無しさん@おーぷん :2016/09/24(土)18:50:10 ID:5jx
おおおまけえええ

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