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流川×藤井

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Part1
389 :流川×藤井さん:2011/02/10(木) 22:38:53 ID:CAp3a8Ij
藤井は指の痛みにうぅ…と小さく呻いた。
ずっと握っていて温まってしまった彫刻刀を、唇を噛んで睨む。
この日、選択授業の美術で課題の木版画が遅れていた者が居残りをくらっていた。
時計の針は6時半を示し、外は薄暗くなり始めている。
少しも進んでいないように見える自身の作品を見て何度目か分からないため息をついた。
晴子と松井と同じく音楽を希望したというのに、人数の少なかった美術に回された事を今更ながら悔しく思う。
えい。えい。と夢中で彫るも赤く腫れ上がる手は彫刻刀を握る度にじくじくとした痛みを与えていた。
教室には既に藤井とあと一人しかいない。
隣から聞こえる寝息にそっと様子を伺うと予想通り流川は彫刻刀を握ったまま気持ちよさ気に船をこいでいる。
切なくなってもう一度ため息をついた。
自分は流川のようにずっと寝ていたわけではない。不本意ながらも真面目に授業を受けていたのだ。
ただ…ただ予想以上に彫る部分が多く、人並み以下の握力しかないのがアダになってしまっただけなのである。
先程ちらりと見た単純な線の流川の下書きからすると、少し集中すればすぐにでも終わりそうだった。
流川に先に帰られるのはどうにも悔しい藤井は焦りを感じ、痛みを堪えて眼下の板に取り組む。
ガリッ!!
「…ム。」
シンと静まり返る教室に、呑気な声と不吉な音が響いた。
音が鳴った方を見ると同時に仰天する。
ぼんやりと眺める流川の視線の先にはボタボタと板に血を滴らせている真っ赤な手があった。
「きゃあっ!!血!血が出てるよ流川くん!!」
「見れば分かる。」
寝ながら彫刻刀を握っていれば当然なのか、そのまま手の甲を切ってしまったらしい。
教師が流川を起こして殴られるのを見たことがあったのでそっと寝かしていたが、
怖くとも声をかけておくんだったと後悔した。
保健室に行こうと席を立つ流川。そうとは知らずに藤井は無防備に下げられた傷口に集中している。

390 :流川×藤井さん:2011/02/10(木) 22:44:49 ID:CAp3a8Ij
「だ、だめ!!」
少女の大きな声に身体をビクンと跳ねさせる流川。少し癪で仏頂面を作る。
そんな事には気付かない藤井は素早く流川の手を取ると肩まで持ち上げた。
「傷は心臓より上…で、ぎゅって……。」
ブツブツと呟きながら藤井は先日の応急処置の授業を思い出していた。
赤く染まる手はもはやどこが傷口なのかも分からない。
鼻に付く血の匂いに藤井はパニックに陥りながらもなんとか助けようと必死である。
止まらない血は傷の深さを物語っていて、
自分の処置如何でバスケ選手として有望な流川の人生を左右してしまうような重責を感じた。
「傷はこ、これかな?」
「こっちだろ。」
流川がパカッと開いて見せた傷に卒倒しそうになりながら
持っていたハンドタオルでそこを押さえきつく握り締めた。
紺色のハンドタオルがじわじわと赤く染まっていく。
「わ、わ、……うわぁああ〜。」
「おい、離せ。」
「だ、大丈夫!これくらい…!バスケするには問題ないよ!」
半ば自分に言い聞かせるように真っ青になりながら笑ってみせる藤井に身体を引く。
『これは左手だ』と彼女に教えてやりたい。
しかしそんな事を言い合っていても仕方ないので、ひょいと手を抜くと流川は身体を反転させた。
「保健室行く。」
哀れなほど蒼白に眉を下げる藤井にさすがの流川も気が引いて、その単語を発した。
藤井は混乱の為全く思いつきもしなかった答えにハッとする。
「あっ、あ!そっか。そうだよね。ご、ごめんなさい。全然思いつかなくって。」
今度は怒られた子供のように身を小さくする女に、流川は無性に居心地が悪くなった。
なんだか調子の狂う少女である。
さっさと立ち去ろうとドアに向かう視界に、手に巻かれた紺色のハンドタオルが映った。
振り返ると胸の前で指を組み、手術を見守るような様子で見つめる藤井。
「これドーモ。………おい、拝むな。」
あっ!と言うと藤井は絡めた手を離して背に回す。
見止めて流川はようやく教室の外へ出た。
「大丈夫だからね…心配しないで!」
閉じた扉の向こうに聞こえる怯えた声に、流川はたまらず噴出した。
「どあほう。青い顔して何言ってんだ。」
小さく呟いた声は静かな廊下に飲み込まれた。

391 :流川×藤井さん:2011/02/10(木) 22:49:10 ID:CAp3a8Ij
次の日の放課後の美術室。
騒動のお陰もあり進まなかった居残りの木版画に、今日も向かい合っている藤井。
昨日と同じく木を彫る音は一つだけ。
ただ違うのは…。
(み…見られてるよね…。)
先ほどから机に肘をついた状態でじっくりと藤井を見つめている流川。
(なんだろ。どうしたのかな。)
何か自分がしたんだろうかと藤井は記憶をめぐらせた。
確か、遅れて教室に入ってきた流川と目が合ったので「怪我大丈夫だった?」とかそんな事を聞いただけだ。
流川も「ああ」等のそっけない返事しかしなかったし…いくら思い出しても今日の会話はそんなものだった。
(え…っと…。)
視線に耐えられなくなり藤井は顔を上げた。
横目でちらりと見るとやはりなんの臆面もなく流川が見つめている。
「なんだよ。」
今まさに藤井が言わんとした言葉が、不思議そうな流川の口から出てきて驚いた。
「えっ?ううんなんでもないけど…あの、どうしてそんなに見てくるのかなぁー…なんて…あはは。」
見事な空笑いがシンとした教室に響く。
「?」
まるで藤井がおかしな事を言ったように、流川がきょとんと不思議な顔をした。
「……えぇっとぉ…。あっいいの。その、ごめんね。」
空気に負けてなんだか謝った。
気を取り直して彫刻刀を握りなおす。
(流川くんって…晴子には悪いけどちょっとヘン…。)
隣からの視線を感じなくなり、ホッとしながらも気になる藤井はまたも横目でチラリと見た。
考え込むように顎に手を置いている流川が宙を眺めている。
何かに気付いたように向き直る流川に藤井は声が出そうなほど驚いた。
藤井を見る流川の顔も、同じく驚いているようだ。
「見てた。お前の事。」
「う、うん。」
どうやら藤井を見ていたのは無意識だったらしい。
暇で見ていたのかと納得しかけた藤井を、再び見つめながら考え込む流川。
逸らされることのない真っ直ぐな視線に恐縮しながら男の考えが早くまとまる事を祈った。
「悪いか。」
唐突に居直るように言われて藤井は言葉を失う。
気分は道を歩いているだけでイチャモンをつけられた中学生だ。

392 :流川×藤井さん:2011/02/10(木) 22:57:01 ID:CAp3a8Ij
汗が滲み出した顔で視線を横に逸らしていく。
「悪くない…です。でも、私なんか見てても…面白い事ないと思うけどなぁ〜。」
精一杯の作り笑いでなるべく刺激しない言葉を選ぶ。
「まあ、うん。」
すかさず返ってきた相槌に静かに傷つく藤井。
「けど、気になる。」
微妙な笑顔を浮かべたままの藤井がカチンと固まった。
「お前が夢まで沸いて出た。なんか気になる。」
「わ、沸いて出たって…。」
言い方に引っかかりを覚えるものの、聞き方によっては告白のような言葉に藤井の顔が一気に赤らんだ。
彼女の人生で『気になる』と言われたのも『夢に出た』と言われたのも初めての経験だ。
みるみる心臓が高鳴っていくのを感じる。
「あ、あ、あの…る、流川くんってモテるよね。私の友達も憧れてるコがいるんだよ!」
なんとか別の話題を見つけることに成功した。
とっさに晴子を思い出したのは、友人の好きな男にドキドキした罪悪感からかもしれない。
「そのコもね、流川くんが気になるって言ってるん……あっ!ううん違うの!
 別に流川くんが私に憧れてるって言いたいワケじゃなくて…!」
「…顔赤くねえ?」
「えっ?赤い?赤くなんてな…ううん赤いかも。気分が悪いのかも!」
ズイと顔を覗き込んでくる流川にもはや目が回ってきた。
震える手で机の上の材料を片付けるとバッグを掴んで立ち上がる。
「私帰るね。が、がんばって!」
ふいに立ち上がった流川が走り去ろうとする藤井の腕を掴んだ。
自分の二の腕を掴んでいる大きな手を目に映すと、藤井はよく分からない状況に動けなくなる。
「…ぁ…。」
言葉も出ずに、とにかく真っ赤な顔が見られないよううつむいた。
一方流川も無意識に引きとめた己の行為を不思議に思っていた。
見下ろせば確かに自分が少女の腕を掴んでいる。
どうしてこういう状況になったのか。招いておきながら流川はぼんやり考えた。
「あの…る、流川くん…?」
身体を引きながら恐る恐る見上げる藤井と視線が合う。
頬は赤く、眉は下がり、速い鼓動のため少し呼吸が浅い。
彼女の顔を一通り眺めると芯から起こる熱が流川の身体に広がった。
とっさに肩を引き寄せる。
きゃっと叫んだ小さな声は流川の口内に消された。
微かに触れた唇は柔らかく、藤井から甘い香りが立ち昇る。
顔の角度を変えてより深く触れようとすれば、強く押された身体が離れた。
目を開けると下方に見えるうつむいた黒髪が、そのまま教室から飛び出していく。
何が起こったのか分からない藤井はもとより、流川もこの事態に驚いていた。

393 :流川×藤井さん:2011/02/10(木) 23:00:40 ID:CAp3a8Ij
不規則に重なるボールの音。
休憩の号令がかかると皆散り散りにタオルを取りに行く。
汗を拭きながら、流川はいつもの出入り口にいる3人組を見た。
右端に立つ藤井は全く流川を見ようとしない。
あれから藤井は居残りに来なくなった。
その内に流川の簡単な木版画が終わり、美術室で二人になる機会もなくなった。
「晴子、暇ならこれを安西先生に返しに行ってくれ。」
流川の視界を遮った赤木が晴子に近付く。
数十冊のバスケット雑誌がぎっしり入った紙袋二つを、ずいと前に出した。
えーっと言う声に続き「重い〜!」と晴子の悲痛の声が響く。
そんなやり取りの中、藤井が晴子に助け船を出した。
「晴子、私持っていくよ。ちょっと教室にも忘れ物があったんだ。」
「え?いいよいいよそんな…。」
断る晴子を笑顔で流しつつ手にある紙袋を一つ取る。さすがに重い。が、持てない事はない。
もう一つに手を差し出そうとすると、突然横から現れた大きな手が紙袋を掴んだ。
「オレ、行きます。」
体育館中が一瞬にして静まり返る。
赤木に向けて話した流川を、皆が皆驚いたように見つめていた。
近くに流川がいるというのに、親衛隊までもが呆気にとられている。
「うわ、珍しいもん見た。どういう風の吹き回しだぁ?」
怪訝そうに言った宮城と皆同じ気持ちだった。
こんな時は一番に我関せずを決め込むはずのあの流川が面倒事を進んでやろうなんて。
「行くんだろ。」
困惑する藤井を促すと、呆気にとられる部員の視線を浴びながら、二人は校舎へと歩いていった。
校舎に入る頃、流川は藤井の紙袋をひょいと奪った。
「ぁ…ありがと…。」
藤井は既に手持ち無沙汰だ。後を頼もうかと思ったがそれを言う勇気はない。
ふと絆創膏の貼った流川の左手が目に入った。
「包帯取れたんだね。治ってよかったね。」
声が上ずるが仕方ない。廊下にはこんな日に限って誰もいなかった。
反応がいいはずもない流川に無言が続き、無事に安西に本を返すと職員室を出る。
「じゃ…私教室に用があるから。えっと…ありがとう。」
なんとか笑顔らしきものを作ると後ずさりした。
「おい。」
気まずい空気から解放されるとホッとしたのも束の間、また身体が緊張する。
「避けんな。どあほうめ。」
藤井の顔が強張る。表情が曇り眉を寄せてきゅっと口をつぐんだ。

394 :流川×藤井さん:2011/02/10(木) 23:03:38 ID:CAp3a8Ij
あれは藤井にとってファーストキスだった。
ついでに流川も初めてだったのだが藤井はそうは思ってない。
自分の名すら知っているかも怪しい流川の気まぐれに、運悪く遭遇したのだとしか思えなかった。
なかったことにしよう。忘れよう。
そうようやく気持ちの整理がついたと言うのに、元凶の男は『避けるな』と言う。
なんて自分勝手なんだろう。
色々な気持ちが織り交ざって、藤井は口を閉じたまま頭を横に振った。
流川が驚いたように藤井を見る。
「私、今も流川くんを好きなコとどんな顔して話せばいいのか分からないの。
 流川くんと私が話したら、そのコが傷つくの。」
訴えるように言う藤井の言葉に流川は腹が立った。なぜそこで友人が出てくるのだ。
「関係ねーだろ。オレはお前に言ってんだ。」
鋭い視線。
予想もしていなかった反論と責めるような目に藤井は戸惑った。
どうして今まで話した事もない、目立たなくて地味な女に避けられる事を嫌がるんだろう。
お互い挨拶すらしなかったつい一ヶ月前に戻るだけではないか。
一体流川は自分をどう思ってるんだろう。
浮かんだ考えを、息を飲むのと同時にかき消した。
そう。流川の気持ちがどうであれ紡ぎだす答えに変わりはないのだ。
「関係あるよ。」
藤井は真正面に流川を見た。自分の決心をより強く伝えるために。
「どうなっても、私は流川くんを選ばないってことだもの。」
言い切ると流川に背を向けて廊下を走った。
(どうしよう…。告白されたみたいな言い方しちゃった。)
いくつもの廊下を過ぎ息が切れたところで、壁に手を突いて深呼吸した。
変に思ったかな。と一瞬考え、頭を振る。
どう思われようがいいのだ。もう話すことはないのだから。
そうしてもう一度深く息を吸う。
頭に浮かぶのは去り際の流川の顔。
傷ついたように感じたその表情に、藤井は胸が潰されたような痛みを感じた。

395 :流川×藤井さん:2011/02/10(木) 23:06:06 ID:CAp3a8Ij

12月になると同時に気温は急激に下がっていた。
晴子が湘北バスケット部マネージャーとなって、はや数ヶ月経つ。
ジャージの袖を引いて手をすっぽり隠すと晴子は部員を眺めた。
半そでに短パンと見ているだけで鳥肌が立ちそうな恰好だが、皆額に汗を光らせている。
その中に一人独特の雰囲気を放つ男を見た。
何年も前から見つめ続けている流川の横顔や背中。
晴子はこの男に正面から微笑まれる日を夢見ていたが、それはもう望めないことを知っている。
変化に気付いたのは半年前。流川が藤井と共に安西の元へと行った時だった。
あの日から藤井は流川から不自然に視線を外し、流川の視線の先には常に藤井がいた。
もし、予想通りに藤井と流川が惹かれあっているのだとしたら、
二人の距離を縮める障害は明らかに自分である。
だがどうする事も出来なかった。
藤井に流川への気持ちを聞こうものなら、余計彼女は自分を気にして流川を避けるだろう。
だから待っていたのだ。藤井が晴子に打ち明けてくれるのを。
しかし近頃そんな悠長に待ってられなくなってきている。
(んも〜。早く言っちゃってよ藤井ちゃ〜ん!!)
半ば焦り気味で入り口に松井と共に立つ藤井を見る晴子。

396 :流川×藤井さん:2011/02/10(木) 23:08:32 ID:CAp3a8Ij
同じく落ち着かない気持ちで少女を見ている男がいた。
「お、雪。」
誰かの声で顔を上げると体育館の入り口からちらちら降る雪が見えた。
同時に松井と楽しげに話している藤井が目に入る。
不審を抱かせないためか、いつも通りを装い部活見学にくる藤井は相変わらず流川を見ようとはしない。
頬を伝ってきた汗をリストバンドで拭うと、流川はゴールに向けてボールを放った。
流川は藤井を好きだった。
選ぶ事はないと避けられ、それでも目で追っている事に気付き、ようやく自身の中にある気持ちを認めた。
全国大会に向けてバスケ一色になった時も、ジュニア合宿に行った時も、
半年経った今でさえ別段気持ちに変わりはない。
だが、一貫した想いはあるものの藤井と是が非でも付き合いたいとは考えなかった。
もとよりあまり深く物事を悩めない男である。
基本バスケ第一である流川は、朗らかに笑む藤井の姿があるだけで心底満足していた。
しかし、最近その笑顔に陰りが見えた。
加えてもともと細い彼女の体が更に痩せたように感じる。
時折授業中に目の辺りを手で覆い気分が悪そうにしていることもあった。
(家で大人しくしてやがれってんだ。)
不安が立ち上ると共にそわそわと苛立つ。
数分後、流川の不安が的中した。
「ぇ…えっ?ちょっと…っ。」
松井の声に振り返ると藤井がへたへたと座り込んでいるところだった。
「あ…平気。ただの貧血だから。」
いち早く近付いた晴子が藤井の身体を支えゆっくりと立ち上がる。
「大丈夫?立てる?保健室行こう。」
付いていこうとした松井に大丈夫と告げ、小さな2つの影は校舎へと歩いていった。
冷静でいた松井と晴子のおかげで騒ぎにはならず、ほとんどの部員が気付かずに練習を続けている。
二人の背を見ていた流川も、ボールを一度バウンドさせると練習に戻った。

397 :流川×藤井さん:2011/02/10(木) 23:15:07 ID:CAp3a8Ij
やっと藤井の意識がはっきりしたのは保健室の白い天井を見上げてからだった。
「もうっ無理するからだよ!この頃すごく具合悪そうだもん。」
青白い藤井の顔を見ながら晴子がシーツをかけていく。
「寝ててね。カバン持ってくるから。」
ぽんとシーツを叩くと藤井に背を向けた。
「は…晴子…。」
震える声に振り返ると、藤井が少し上体を起こしている。
ついに『告白』が来たらしく晴子はギクリと身構えた。
しかし…。
迷ったように視線を下げていた藤井は、顔を上げるといつもの笑顔になっていた。
「なんでもないよ。ごめんね。ありがと。」
やはり自分を押さえ込む方を選んだらしい。
力を入れた分、晴子は盛大に脱力する。
「も…もぉーー!!藤井ちゃん!」
痺れを切らした晴子が鼻息荒くベッドの前まで戻ってきた。
「一体いつ言ってくれるのかと思ったら…!もう!もーう!」
「え?え?」
突然の友人の憤慨振りに驚く藤井。
「私は藤井ちゃんだから好きな人の話聞いて欲しかったの!
 それで我慢して欲しいなんて思ってないんだから!!」
「…え?」
ようやく藤井は晴子の言葉の意味を悟った。
晴子は全て知っている。その上で待っていてくれたんだ。
驚いたように見開いた藤井の目に、みるみる涙が溜まっていく。
「……ごっ、ごめん。」
ずっと耐えていた分、藤井の目から面白いほどに大量の涙がこぼれた。
晴子がどれほどの想いで流川を好きだったのか痛いほど知っている。
中学の時からうれしそうに流川を語る晴子はどんな表情よりも可愛らしく、
それほどまでに人を好きになれることを憧れたりもした。
――――なのに。
意志に反して気付けば流川を目で追い、一日中考え、夢にまで見るようになってしまっている。
半年前、流川にはっきりと選ばない事を告げた。
そうして二度と話をしなければ、目で追わなければ、全て元通りになるはずだった。
自分の気持ちに振り回されてこれほど衰弱してしまうまで、ずっとそう信じていた。
「ごめん。私、流川くんが好き。」

398 :流川×藤井さん:2011/02/10(木) 23:22:09 ID:CAp3a8Ij
涙を抑えながら搾り出す声にひしひしと藤井の苦悩が伝わってくる。
「やぁっと言ってくれたー。」
場にそぐわないほどの明るい声で晴子はさっぱりと言った。
「あのね、多分流川くんも藤井ちゃんのこと好きだよ。」
「え?」
「分かるよ。二人とも大好きだから。」
「……晴子。」
罪悪感丸出しの藤井ににっこり笑って見せると、晴子はふぅと息をついた。
「じゃあ行くね。藤井ちゃんいーい?今度私に遠慮したら次は本気で怒るからね!!」
「ふふ、わかった。」
ありがとうと告げると、晴子はさわやかな笑顔を残して保健室を出た。
廊下に出ると晴子はそっと保健室の扉を閉める。
涙が目に溜まりきゅっと口を結ぶと顔を上げた。
よかった。と思った。
ずっと、望みの無いこの想いを一息に誰かに消してほしかった。
側に立つ人物がふと視界に入り心臓が大きな音をたてる。
「流川くん…。」
無言で晴子を見ている流川。
先ほどすぐに出る予定だったドアは開け放したままだった。
恐らく中で話していた内容は全て聞こえていたに違いない。
にこりと笑い、声に動揺が出ないよう努めた。
「藤井ちゃんのことよろしくね!」
流川に対して初めて自然に話すことが出来た。
明るく言いながら小走りで流川の側を通り抜ける。
「サンキュ。」
背から聞こえた流川の声に一瞬足が止まる。
全ての晴子への気持ちを、流川はその言葉に込めた。
晴子は震える足を動かし教室へと思い切り走った。
くしゃくしゃになった顔を見せるわけにはいかない。
しかしその涙は悲しみだけでは決してなく。
好きになってよかった。素直にそう思えた。

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