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母が他界した。私は愛されていなかった。

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母が他界し、生まれてからの思い出や気持ちを>>1が語ります。様々な家庭があると思いますが、かなり切ない>>1だなと思ってしまうスレです。
Part1
1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 10:19:11.75 ID:rry4xFoo0
生まれてはじめてのスレ立てです。
もし立たなかったら、もう一生、この胸にしまい込んでおこうと思います。
VIPではカーチャンは敬愛の象徴となっていますね。
ですが私は、母を愛していたと、今もはっきりとは言えないでいます。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 10:23:39.07 ID:kIQy5czh0
敬愛の象徴wwww

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 10:22:41.35 ID:rry4xFoo0
立ったようなので続けます。
母は難産家でした。
今となっては、それが体質などに由来するのか、はたまた全くの偶然なのかはわかりませんが、
私の前に、2人ほどの子を流した経験があるそうです。
兄妹は妹がいますが、無事に生まれた我々もまた、遅産だったり早産だったりで、両親をハラハラさせたそうです。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 10:23:25.84 ID:16R6QItqO
それでそれで

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 10:28:21.62 ID:rry4xFoo0
母は昔から、私に厳しい人でした。
保育園児だった私がある時「今日ってドラえもんやる日?」と聞くと、母は眼をつり上げて
「まだそんなこともわからないのか。曜日くらいおぼえろ」と、私のことを叱りました。
その後、おぼえるまで何時間も、「月火水木金土日…」と言わされ続けました。食事はもらえませんでした。


15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 10:31:47.74 ID:VPInPX3F0
話して楽になるなら起きてるだけ聞いてやるよ。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 10:32:14.21 ID:rry4xFoo0
他にも、時計の読み方や、お金の計算のしかたや、自分の名前の読み書きに自転車の乗り方まで、
幼稚園のうちに教え込まれました。できなければ叱られましたし、やはり食事を抜かれました。
時計と自転車には何週間もかかった記憶があり、そのころは休日がイヤでした。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 10:33:40.57 ID:eawfnBTKO
何週間も飯食わなくてよく生きてたな

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 10:35:44.79 ID:rry4xFoo0
あ、>>16は幼稚園じゃなくて保育園ですね。私は一貫して保育園児でした。
当時の私は電車が大好きで、父によく駅につれていってもらっていました。
しかし母はそれが気に入らないようで、帰ってきた父によくかみついていました。
そのうち私は、父が「電車をみにいこうか?」と言ってくれても、首を振るようになりました。
夫婦喧嘩がイヤだったのかどうか、今ではよくわかりません。
ただ当時、もし私に「お父さんとお母さんどっちが好き?」と聞いたなら、
はっきり「お父さん」と答えたであろうことは、疑う余地のないことでした。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 10:39:00.67 ID:rry4xFoo0
小学校にあがると、私は一躍優等生でした。
時計が読め、時間の計算もでき、比較的画数の多い名前を漢字で書くことができ、一人でおつかいもでき、
音読でつまることもありませんでした。
特に時計については、ひたすら褒めちぎられた記憶があります。
でも、どんなに誉められても嬉しくはありませんでした。
ちなみに最後の音読については、ピーターラビットの絵本を何度も読み返していたから、文章に慣れていたのだと思います。
母が私に買い与えてくれた数少ないものの一つでした。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 10:45:02.76 ID:Twbbu8aaO
時計読めるようになったのがいつだったかなんてさっぱり覚えてないや

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 10:42:48.48 ID:rry4xFoo0
2年生にあがるころ、父の仕事の都合で、住んでいた大阪から東京へ引っ越すことになりました。
お別れ会を開くと、家に入れないくらいの友達が押し掛けて、子供心に嬉しく思ったものです。
そのとき、一番よく遊んだ友達がウルトラマンのソフビ人形(確かツインテールでした)と亡いとガンダムのプラモをくれて、
これはきっと一生の宝物になるな、と思いました。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 10:38:30.40 ID:m3hxLmdXO
虐待を受けて育った俺が来ましたよ。
聞こうじゃないか。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 10:46:26.79 ID:rry4xFoo0
>>21
私の場合、虐待というものではなかったと思います。
ただ母は私に多大な期待を寄せており、そして不甲斐ないことに、私はそれにこたえられる人間ではなかったのです。
東京の学校に転校した私は、すぐに『いじり』の対象になりました。
大阪弁を「いなかもん言葉」と言われたり、「タコヤキ! タコヤキ!」とはやしたてられたり、
また東京では珍しい名字だったため、それをもじった屈辱的なアダ名をつけられたりもしました。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 10:51:09.82 ID:rry4xFoo0
学校でのことについて、家族と話すことは、全くありませんでした。
父はもとより、母も、看護士(当時は看護婦という呼び方が世間では一般的でした)だったので忙しく、
平日は一緒にいる時間も短かったのです。
しかし、クラスでの『いじり』がだんだんとエスカレートし、私のうわばきがどこかに隠されるという事件が起こりました。
担任の先生が、さすがに見かねて、学級会を開いてくれました。
その日のことは今でもはっきりおぼえています。母の帰りがとても早かったのです。
先生が、母に連絡したのでした。学校での私の状況が、母の知るところとなりました。

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 10:54:15.26 ID:rry4xFoo0
その日は眠れませんでした。本当に、眠る時間がなかったのです。ずっと叱られていたのです。
なぜ話さなかったのか。なぜやりかえさないのか。母の詰問にこたえることは、当時の私にはできませんでした。
私は父の帰りを待ちましたが、その日は父はかえってきませんでした。
母がもの凄い勢いでわめいているのに、妹は開け放された隣の部屋で、スヤスヤ寝入っていました。
妹のことが本気で憎たらしく思えたのは、このときがはじめてでした。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 10:49:22.73 ID:R9zNVOEu0
年齢と性別を教えてもらおうか

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 10:58:20.61 ID:rry4xFoo0
>>32
23の男です。
学校のことを知った母のショックは大きかったらしく、翌日からは母の活動がはじまりました。
休みを作ったのかなんなのか、なぜか平日昼間から家にいて、下校途中の私のクラスメートをつかまえ、
彼らを叱りつけました。クラスメートの一人から、泣きながら「ごめんね」の電話がかかってきたこともありました。
その電話の後ろでは、私の母と似たような声で「ちゃんと言いなさい」などと、その子を叱りつける言葉が聞こえました。
私がクラス内で孤立するのに、時間はかかりませんでした。

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 10:59:12.22 ID:VPInPX3F0
リアルスネオママな感じか。

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 11:02:22.93 ID:JRJSUi3C0
ずっと女だと思って読んでたわ


47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 11:03:46.31 ID:R9zNVOEu0
23で母親他界か

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 11:03:23.30 ID:rry4xFoo0
その後もうわばきは何度もなくなりました。特にプールの授業になると、うわばきを外に置きっぱなしにするので、
2回に1回はなくなりました。私はその都度、次の授業をサボタージュして、うわばきを探しました。
焼却炉を使われなかったのはラッキーでしたが、事情を知らない先生にはよく叱られました。
ただ、先生も「こいつの親に連絡するとヤバい」と思ったのか、そのことについては報告を控えてくれました。

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 11:05:36.51 ID:rry4xFoo0
なんとか3年生に上がる頃、私はすっかり関西弁を話さなくなり、そして優等生でもなくなっていました。
母が、流れた2人の子の話をするようになったのは、このくらいの時期からだったと思います。

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 11:10:21.91 ID:rry4xFoo0
「おまえが生まれるまえに、2人流産したよ。もしあの子たちが生まれてたとしたら、時期を考えると、
おまえは生まれてなかったね」と、ことある毎に私に言い聞かせました。
母の頭の中では、2人の兄だか姉だかが生きていて、私はいなくてもいいように思えて、怖かったです。
そして恐らく、妹は、母の頭の真ん中に居続けるでしょう。少なくとも当時の私はそう思っていました。
そうです。私はこのとき既に、妹に対してかなりのひがみを抱いていました。

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 11:16:42.99 ID:rry4xFoo0
そのころの私は、妹に対してだけ高圧的に振る舞うようになっていました。どうみても内弁慶です。
そして驚くべきことに、それを「母にバレないように」実行するという配慮さえも心得ていました。
自然と兄妹仲は悪くなっていきました。私は内心、いつ母に告げ口されるかとビクビクしながら、
妹をストレスのはけ口にしていました。ある時は、マンガで「ムギ茶だと偽ってめんつゆを飲ませる」
というネタを眼にし、それを実行したりもしました。マンガでは笑い話ですんだのに、妹は泣きました。

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 11:17:43.13 ID:sFxehcpK0
性格わりい

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 11:18:09.15 ID:d6vGjYeV0
殺しましたオチじゃないだろうな

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 11:20:11.24 ID:R9zNVOEu0
妹にそれはないぜ、お前も辛かったんだろうけどさ

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 11:21:57.27 ID:xs96z/yNO
めんつゆ飲んで咽せながら泣く妹可愛い

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 11:25:06.10 ID:rry4xFoo0
あらかじめ…殺しましたオチとかじゃないですー。
意外にも、妹イビリで母に叱られた記憶はありませんでした。妹は、母に一切のことを話さなかったのです。
当時はなんとも思っていませんでしたが、妹はそういう、人間としての大きさを備えた人間なのです。愛される人間です。
内外の関係は、小学校を卒業するまでずっとそんな感じで続きました。
学校では、先生にバレない程度にいじられ、家では、母にバレない程度にイビる。
卑屈な自分しか思い出せない、暗黒期でした。

81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 11:28:05.23 ID:rry4xFoo0
中学に入学して少しした頃、ちょっとした転機が訪れました。
私の通っていた中学校は、不良達が跋扈していた最後の世代(1年はおとなしいが、2ー3年がハシャいでいた)で、
1年の耳には「何組の誰々がリンチされた」「○○先輩はゾクの知り合いいるらしい」といった、怖い噂がいくつも届きました。
そして、リンチの噂に関しては事実でした。
私自身がリンチされましたから。

77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 11:26:28.88 ID:xcbrSxTb0
親父さんはどうしての?
まぁ、本筋に関係ないならいいや。

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 11:30:47.93 ID:rry4xFoo0
>>77
父は出張・残業でほとんど家にいませんでした。
別にエリートとかではない、ごく一般的な、24時間戦う企業戦士です。
私は既にそのときオタクとしての道を歩みはじめており、パソコン部に通っていました。
クムドールの剣を同期の中では最速でクリアーしたことがきっかけで、新しい友達もできました。
そんな部活動中、大勢の先輩たちがいきなり部室に乱入してきて、後ろの方でギャアギャア騒ぎ始めました。

87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 11:33:16.38 ID:0OlS7q6jO
>>83
ハラハラ

89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 11:33:41.36 ID:rry4xFoo0
部長(不良ではない)が「ちょ、ちょっとやめてよ」と、弱腰ながらも先輩たちを注意しました。
注意された先輩は、無言で部長を殴り飛ばしました。
それまで「何アレ…?」とヒソヒソ話していた部員たちも、一斉に静まり返りました。
部長は「1人決定」などと言われて、どこかに連れ去られていきました。
先輩たちは部室内を物色し、部員一人一人にガンつけながら、目に付いた生徒にはいちゃもんつけていました。

91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 11:36:08.80 ID:hMrxS3WS0
>>89
どんな学校だよw

96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 11:39:50.79 ID:rry4xFoo0
>>91
あの年度に関しては最悪の学校でした。実はこのときも、顧問の先生はいたのです。
部長が殴られる直前、どこかに姿を消していましたが(今にして思えば、顧問が消えたので、
先輩たちは暴力を実行に移したのでしょう)
私もガンつけられました。が、スルーされました。
ホッとしたのもつかの間、先輩達の中から「お、○○じゃん」と私の昔のアダ名を呼ぶ人がいました。
同じ学校の上級生だった人で、私とはほとんど面識のない相手でした。
ただ、母の苛烈な活動はPTA内でも有名だったらしいので、恐らくその辺から、顔とアダ名が広まったのでしょう。
先輩達が、私を指さしながら何かを話しています。
程なくして、私のことを知っていた例の先輩が笑いながら「決定ね」と歩み寄ってきました。

100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 11:42:28.93 ID:rry4xFoo0
私はターゲットの1人に選ばれたのです。
「おい、タイマンしようぜ」と言われ、わけもわからず辞意を表明すると、胸ぐらつかまれて、
ディスプレイに頭をガンッ! とやられました。
私は抵抗する気力をなくし、あれよあれよという間に、トイレにつれていかれました。
それも女子トイレ。その階には、女子や、女教師の人が活動する部がなかったため、
乱入者の心配をしなくてよかったからだと、推察されます。

102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 11:48:34.87 ID:rry4xFoo0
ちょっとこのリンチ事件が長くなってしまったので、以下色々はしょってまとめます。
トイレの隅で数人の先輩に囲まれた私は、「土下座しろ」という命令に必死で抵抗しました。
最初はすごむだけだったのが、足を踏むなど搦め手からの暴力がはじまり、
最終的にはハンカチを口の中に押し込まれ、ボディーを乱打されました。
一通り殴られ終えた私が、ピンク色の床の上でむせいでいると、生徒手帳をとられ、
名前と住所をおぼえられ、「あーあの辺か」などと談笑され、生徒手帳にこっそり書いてあった
パラパラマンガを嘲笑され、そして最後に「このこと話したらおまえの家いくから」と脅されました。

105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 11:53:08.95 ID:rry4xFoo0
その「おまえの家にいく」という言葉は、あらゆる暴力より、恐ろしいものでした。
そんなことをされたら、まず間違いなく、母に知られるからです。
私は、土下座しました。
その後解放され、部室に戻され、家に帰りました。
それでリンチ事件は終わったのですが、なぜか2ヶ月くらいして、その事件が発覚しました。
もちろん、その情報は母の耳にも入ったわけです。

106 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 11:55:24.68 ID:rry4xFoo0
後で知ったのですが、一部の先輩たちがパーティ券なるものを売ろうとして補導され、
そこからイモヅル式に悪事が暴かれた感じだったようです。
リンチの事実を知った母は、当時の様子を執拗に詰問してきました。
特に土下座について気になったらしく、「土下座したのか? 土下座したのか?」と、
しつこく問いただされました。

108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 11:57:11.78 ID:JRJSUi3C0
フムフム

111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 11:58:50.31 ID:rry4xFoo0
私が土下座したことを認めると、母は「なんで…」と言葉を失ったまま、数分間、放心したようにため息をつきました。
その後「なんで最後まで我慢せざったんよ」と、普段まったく使わなくなっていた愛媛弁で、私を責めだしました。
土下座がいかに尊厳のない行為であるか、そして暴力に屈することがいかに愚かであるかを、
罪人に聞かせるように言い聞かせました。

117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 12:02:45.45 ID:rry4xFoo0
そしてそのときはじめて、自分の父親(そのとき既に他界していた、私から見た母方の祖父。以下祖父と書きます)が
暴力親父であったことを明かしました。
祖父が無免許で漁師をしていたこと、摘発されて漁に出られなくなると、酒を飲んで祖母や母に暴力を振るったこと。
そして、その暴力にあらがえなかった祖母の情けなさなどを語られ、最後に「おまえはうちの母さんと一緒。情けない人種」
と断じられ、腐ったものを見るような眼で睨まれました。
その日も食事は与えられませんでしたが、もう慣れていたので、母が寝た後に、のりでご飯を食べました。

118 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 12:04:43.13 ID:d6vGjYeV0
最後まで>>1が何もできずになじられる話だったらどうしよう

119 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 12:05:46.24 ID:9ZGMPXYe0
>>118
それは困るwwww

120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 12:06:31.90 ID:rry4xFoo0
途中で書き込むつもりで忘れていたのですが、小学校低学年からこのリンチ事件の前後まで、
私はたまに、同じ夢を見ることがありました。
私が大けがしたか、大病をわずらったかで、病院に運ばれる夢です。
運び込まれた私の動くベッド(ストレッチャーと言うそうですね)を受け入れるのが、母でした。
夢の中の母は、別にやさしくもなく、特に声をかけるでもなく、さっさと私を病室に運び入れ、
薬を飲ませたり、包帯のようなものを巻いたりしてくれるだけでした。
この夢を、リンチ事件発覚後、まったく見なくなりました。

122 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 12:09:49.35 ID:R9zNVOEu0
なんの伏線だよ

121 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 12:08:36.88 ID:rry4xFoo0
リンチ事件後しばらくして、私の部屋に異変が起こりました。
物が凄くすくないのです。こっそりゴミ捨て場から持ってきたエロ本なんかがなくなったなら、
なんともなかったのですが、ピーターラビットの絵本や電車の図鑑、
さらには宝物のツインテールとナイトガンダムを含む、「大事なもの」と思っていたものがきれいになくなっていました。
捨てたのは母でした。

123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 12:11:14.93 ID:uD4id+8o0
追いついた
読んでると胸が苦しいのは・・・紅茶花伝の飲みすぎだな、うん

124 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 12:12:03.37 ID:rry4xFoo0
母に対して、はじめて本気で怒りを覚えました。
ですが、怒っていたのは母も同じでした。
私が「なんでそんなことを」と聞くと、母はただ「うるさい。うるさい」と、とりつくシマもありませんでした。
押し問答が続き、私の堪忍袋はついに破裂したのです。

127 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 12:16:03.42 ID:rry4xFoo0
私はそのとき家にあった物を、手当たり次第、壁だの家具だのに向かって投げつけました。
母は最初、ハトが豆鉄砲くらったような顔で立ちすくんでいました。
先に声をあげたのは、驚いて起きてきた妹でした。
「お兄ちゃんやめて! やめて! なんでそんなに怒り狂ってるのさ! もうやだぁ!」
私は、物を投げるのをやめました。実は途中から、心はとても冷静でした。
止めてもらえるのを待っていたんだと気づいて、自分がいやになったことを、今でも覚えています。

132 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 12:18:49.63 ID:rry4xFoo0
私が物を投げるのをやめると、母は、泣いている妹を部屋に戻し、私の髪をつかんで、玄関まで引っ張っていきました。
もの凄い力でした。私を引っ張る間、母はずっと、よく聞き取れないわめき声をあげていました。
唯一聞き取れたのが「なんで生まれてきたのがアンタなんよ!」という言葉でした。

134 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 12:19:41.68 ID:VOUy4EkIO
>>132
うわ

135 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 12:23:16.96 ID:BgGcVFF8O
これは・・

136 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 12:23:41.20 ID:rry4xFoo0
私は家を追い出され、途方に暮れて、夜の街を徘徊しました。
なぜか最初に向かったのは中学校でした。
夜の学校に忍び込み、グラウンドに置いてある、練習用の小さいサッカーゴールの中に座り込みました。
母の「なんで生まれてきたのがアンタなんよ!」の一言や、何度も語られた、2つの流産について考えました。
なんとなく、母の気持ちについて、想像できる気がしました。
詳しく聞いたわけではありませんが、「時期的にお前は生まれていなかった」という言葉から想像すると、
両親は流産後、すぐに次の子を作ろうとしていたのでしょう。
そして遅産の末ようやく授かった長男が、私だったのです。

137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 12:24:04.99 ID:QpBqrkHV0
追いついた
なんか引き込まれるな

138 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 12:24:48.61 ID:xcbrSxTb0
子供の性格なんて育て方や情操教育とか親の責任だろう…常識的に考えて

139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 12:28:43.42 ID:rry4xFoo0
子供の頃からなんとなく抱いていた疑問の解答が、そこに転がっている気がしました。
けれども私は、それ以上そのことについて考えるのをやめて、夜の街に戻ったと思います。
その夜のことは、はっきりと思い出せる部分と、そうでない部分があります。

140 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 12:30:48.35 ID:rry4xFoo0
とにかく知っている場所を歩き回ったことはおぼえています。
駅、図書館、公園、遊んだことのあるクラスメートの家の前、学童館などなど。
警察のご厄介になったことも、おぼえています。
しかし、警察に保護されたあと、どうやって家に戻ったか、母とどうやって再会したか、おぼえていません。
その後は、もともと家にいることの少なかった父はもとより、母とも、妹とも、あまり口をきかない生活がはじまりました。

141 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 12:31:30.92 ID:r2KUHONX0
うんうん

142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 12:32:04.88 ID:dfiK1QUi0
オチの着き方が読めない

145 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 12:35:46.59 ID:rry4xFoo0
その後の中学生活はごく平穏なものでした。補導のせいか、先輩たちもあまり下級生には手をださなくなりました。
私は適度に中二病でスイーツな中学生活を過ごし、アニメを見、ライトノベルを読みあさりました。
良い思い出の少なかった学校生活に花がさいたのが、このころでした。
オタク仲間ができ、部活動も充実していました。夜遅くまでゲーセンに入り浸り、家には寝に帰るだけの生活が続きました。

146 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 12:37:44.78 ID:R9zNVOEu0
オタクっつーより、DQNじゃねーか

149 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 12:40:02.30 ID:d6vGjYeV0
母も辛い事あったんだろうけど夢と理想と義務感膨らませて思い通りの子供を作り上げようと必死だな
流産と教育と人格形成の失敗も子供に押し付けて
育成シミュレーションゲームでもやったほうがお互いのためだよな

155 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 12:41:56.65 ID:rry4xFoo0
そういう生活を経て、二年生の冬を迎えるころ、私は「ゲーム作りたい! アニメ作りたい!」と考えていました。
中学校の三者面談で、先生と母にはじめてその意向を明かしました。
母はなにも言わず、先生も苦笑しながら「じゃあそのためにはどうすればいいか、考えてね」と諭されました。
母は、もう本当になにもいいませんでした。専門学校にいきたいと伝えても、「金はださんからな」と切り捨てるだけでした。
父とも相談し、結局、工業高校への推薦入学を決めましたが、そのときも、母は別に何もいいませんでした。

163 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 12:45:07.85 ID:KoZm+yhDO
( ゜д゜)
(゜д゜)

164 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 12:46:12.36 ID:rry4xFoo0
中学卒業、高校入学、滞りなく進みました。
しかしクラス編成で、後に退学することになる不良と同じクラスになったことで、また事件が起こりました。
クラスのちょっと悪い方面の人たちをまとめた不良は、いじれそうな人間にちょっかいを出して遊ぶのが日課でした。
自己紹介の時に大阪出身であることを明かした私は、常にその舞台に立たされ続けました。
もはやパターンです。それが担任の耳に入り、そして、家族の知るところとなったのです。

165 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 12:47:51.71 ID:m3hxLmdXO
だんだん現在に近づいてきたな…。

166 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 12:48:11.46 ID:tiUTbLXf0
そこそこのレベルの高校ならイジメはないだろ
オレも工業だけどイジメなかったぞ・・・・電気科だからか

169 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 12:52:23.38 ID:rry4xFoo0
>>166
イジメというほど陰湿な行為ではありませんでした。大声で「おい大阪(あだ名)!なんかギャグやれ!」と
たきつけられるとか。後に問題となるのは、不良たちの私への行為がではなく、彼らが不良であったことなのです。
先に学校からの報告を受けたのは父でした。母はちょうどそのころ職務の転換期(看護士から、老人介護の方面へ)で、
一時の父以上に家にいなかったので。
父は、母のような苛烈な人柄ではなかったので、まずその日のうちに「高校でやってけそうか」と聞いてくれました。
私は大丈夫である旨伝え、その場はそれで収まりました。
多分、このとき家にいたのが母だったとしても、似たような感じになったと思います。彼女は完全に私への興味を捨てていたので。
むしろ、先に父と話をしてしまったことが、後々の大きな問題の引き金となったように思えます。

170 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 12:54:09.70 ID:cgCPHp6J0
今来た。>>1ガンガレ

173 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 12:58:08.41 ID:rry4xFoo0
程なくして、私は不良グループの一人とケンカをしました。
リンチとかではなく、対等の条件で、さらにはささいなきっかけで偶発的に起こった「ケンカ」です。
その人への誤解がないように断っておくと、不良リーダーが退学した後、その相手とは仲良しになっています。
ケンカの事実は、すぐに教師の耳に入りました。
ケンカ両成敗という方針の学校だったため、私と相手は二人とも生活指導措置がとられ、
数日ほどは授業に参加できなくなりました。
こうなると、担任からではなく、もはや学校からの報告として、その事実が両親に伝えられました。

177 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 13:02:17.05 ID:uD4id+8o0
喧嘩両成敗って言い方はカッコいいけど、
実際にそうなると一方的に相手から絡まれて喧嘩する羽目になった方は納得するのが難しいんだよね

179 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 13:04:55.61 ID:rry4xFoo0
母が激怒しました。私にではなく、父にです。
父は、以前学校から連絡があったことを、母に話しておらず、それが母の逆鱗に触れたのでした。
その後も散発的に夫婦喧嘩は起きましたが、最初のケンカが最も激しいものでした。
そしてその内容は、概ね、「なぜ息子がこんなていたらくなのか」という点に終始していました。
私が中学のころに語った青臭い夢についても、時間差で糾弾されました。
母が、私の身の振り方について、ずっと気にしていながらも、全く気にしていないような素振りをとっていたことを知りました。

183 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 13:09:24.00 ID:rry4xFoo0
そのケンカをきっかけに、夫婦仲は加速度的に悪くなっていきました。
父は、休日のはずの日にもかえってこなくなり、母はもともとの忙しさから、食事の用意さえしなくなりました。
妹の誕生日さえも完全にスルーされ、ますます妹に嫌われたりもしました。妹は本当にとばっちりです。

186 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 13:12:09.78 ID:rry4xFoo0
そして母は、裏で例の活動を再開していました。
高校への学費が納入されないよう手配していたのです。
曰く、「不良が通ってるような学校に行かせても金の無駄」ということでした。
これは結構事務処理的にごたついたらしく、高校を卒業して一年後くらいまで、両親と学校の間で
やり取りがあったようです。

217 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 13:39:46.36 ID:Zs5+aBZhO
>>186
ひでえ親だな

218 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/11/25(日) 13:40:33.49 ID:a0PLiqrU0
>>217
俺、福祉関係の仕事してるんだけど、
そういう親結構いるよ
子供が不憫だ

191 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/11/25(日) 13:15:35.22 ID:mPzReEuSO
妹が一番不幸

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